博士課程の鈴木麻記です。今回は、戦前の面白い漫画「翼賛一家」について、お話させていただければと思います。「翼賛一家」という漫画を知っていますか?少し戦前の漫画を調べたことがある方なら、聞き覚えのあるタイトルかもしれないですね。「翼賛一家」は、たとえば「サザエさん」のような、家族の生活を主題にした漫画です。
「翼賛一家」の大和家は11人家族です。ちょっとご紹介させてもらうと、画像の上段右端から、大和家主人の賛平さん(体操教師)、婦人の民さん、三女の稲子さん(小学生)、お爺さんの武士、四女の昭子さん、おばあさんのふじさん。下段右端から、三男の三郎さん、次女の操さん(女学生)、二男の次郎さん(大学生)、長女のさくらさん、長男の勇さん(会社員)です。核家族化が進行した現代日本では、もはや馴染みのない大家族ですね。
さて「翼賛一家」が面白いのはその設立の経緯と、展開のプロセスです。「翼賛一家」は大政翼賛会と、新日本漫画家協会という漫画家の集団が協力することで作られたものです。大政翼賛会とは、アジア太平洋戦争という総力戦を遂行するために国民を結集しようとして作られた組織です。「翼賛一家」という漫画は、そのタイトルからもうかがえるように、大政翼賛運動を「普及啓蒙」するという目的がありました。
この「翼賛一家」のキャラクターや設定などは、実際には新日本漫画家協会が集団で制作しましたが、版権は大政翼賛会宣伝部に「献納」されます。さらにはこの大政翼賛会宣伝部が、「翼賛一家」のキャラクターの利用を強く推奨していきます。このことによって「翼賛一家」は、漫画というメディアの特性を活かして、新聞や雑誌、紙芝居、小説など、媒体を問わず、一時期、広く普及することになるのです。こうした多メディア展開は、なんだか、現在の「メディアミックス」を先取りしているようにも思えますね。
「翼賛一家」のキャラクター利用が推奨されたことで、読者が「翼賛一家」のキャラクターを自分で描いて、それを投稿するなどということもされました。ただこの「翼賛一家」という仕掛けは長続きしませんでした。
ここからは私の勝手な想像ですが、上から「ファン活動せよ!それによってこの作品、ひいてはこの作品のもつ理念を広めよ!」と押しつけられて、当時の漫画ファンも息苦しかったんじゃないでしょうか。作品を楽しみつつ、でもそこから離れて、その作品に自分なりの解釈を与えていく。みたいなことは、それこそ「密猟者」的で、ちょっとおこがましかったり、後ろめたかったりするもののように思います。そうだからこそ必死になってしまうというか…(実体験が含まれてます)。読者の投稿までをも企画者が想定し、作品の宣伝に利用したというところに、「翼賛一家」の面白さと限界があったように思えます。
今回は「翼賛一家」という作品の紹介をさせてもらいました。上で述べたようにこの作品は現代の視点からみると、面白い要素が多く含まれています。当時の人にとっても、意欲的な試みだったのではないかと想像します。ですがその面白さを、現代の言葉で表現することには禁欲的でありたいとも思っています。それよりも当時の人々がこの企画にかけた意図を、できる限りそのままのかたちで、掬い取ってみたい。それが現在の見え方にかえってくればいいなと思うのです。