センシティブなテーマをどう報道するか?

こんにちは。今回のフィールドレビューは馬琳がお届けいたします!最近読んでいるTrauma Reporting: A Journalist’s Guide to Covering Sensitive Stories(Jo Healey 2020)という本をご紹介します。邦題はまだありませんが、ここでは『トラウマ報道』と呼びます。

著者のJo HealeyさんはBBC TVのジャーナリストで、戦争、災害、事故などに巻き込まれた当事者や、その遺族といった感情的に傷つきやすい人々を長年にわたり取材してきました。彼女は、ジャーナリストたちの無意識的な言動が取材対象者を傷つけることがあると意識したことをきっかけに、BBCで傷つきやすい人々への取材方法を教えるトレーニング・プログラムを立ち上げ、その知見を『トラウマ報道』にまとめました。この本では、経験豊富なジャーナリストの事例だけでなく、取材を受けた人々からのアドバイスも多く取り上げられ、センシティブなテーマを報道するための方法論を詳しく解説しています。

実はこの本、3年ほど前に勧められていたのですが、ずっと読まずにいました。ところが最近、震災や戦争、暴力などに関する報道では、当事者たちが長期的にトラウマに苦しんでいることを焦点化するものが多いと気づき、「トラウマ」はまさにメディア報道の定番のテーマだと実感しました。ようやく今になって、この本をちゃんと読んでみようと思ったのです。

この本はジャーナリストたち向けのガイドラインですが、私も多くの知見を得ることができました。以前からデリケートな立場にある人々に寄り添うメディア報道に関心がありました。これまで見てきた報道の内容から、ジャーナリストたちがどのように取材対象者に配慮しているかをある程度感じ取ってはいましたが、取材のプロセスが不透明なため、ジャーナリストと取材対象者との関係についての理解は浅かったと思います。

『トラウマ報道』では、ベテランジャーナリストたちが、取材対象者と連絡を取る段階から、聞き取りや撮影の段階、報道内容の制作、そして報道後のフォローに至るまで、トラウマへの配慮をどのように実践しているか、具体的なエピソードとともに紹介されています。例えば、取材を受ける人は情緒不安定な状態にあり、カメラの前に立つのが初めてであることも多いため、不安を感じやすいものです。そうした人の不安を少しでも和らげるため、ジャーナリストは取材現場での機材セティングや、取材の手順を、相手のわかりやすい言葉で丁寧に説明することを心がけているという事例が紹介されています。こうした事例から、ジャーナリストはいかにして傷つきやすい取材対象者に寄り添うことを実践しているかがわかりました。

また、『トラウマ報道』は、ジャーナリストは取材対象者に対して同情(sympathy)ではなく、共感(empathy)を示すべきだと教えています。つまり、相手の立場に立ち、その人がどのようなことを経験したのかを理解しようとする姿勢が重要だということです。一方で、ジャーナリストは「私はあなたの気持ちがわかります(I know how you feel)」という言葉は避けるべきであると、本書では強調されています。というのも、ジャーナリストはいくら取材を受けた当事者の状況を理解しようとしても、実際にその経験をしているわけではないため、当事者にとってはこの言葉がかえって傷を深める可能性があるからです。このように、傷つきやすい人たちを取材する際には、ジャーナリストは非常に多くの配慮が求められます。この本を読んで、センシティブなテーマはいかに報じにくいかを改めて認識するとともに、そのような難しい報道に真摯に取り組んでいるジャーナリストたちに深い尊敬の念を抱きました。

参考文献

Jo Healey, 2020, Trauma Reporting: A Journalist’s Guide to Covering Sensitive Stories, Routledge.