分野別の当事者アーカイブ

博士課程の田中です。デジタル技術やデジタルデータを用いた史的研究をデジタル歴史学として捉えることがありますが、近年技術的な進歩と普及により加速度的に取り組みが進んでいます。本日は、デジタル歴史学とアーカイブの議論に触れながら、人々の証言を“オラリティ”の観点から保存する分野別のオーラルヒストリー映像アーカイブの取り組みについてご紹介します!

デジタル歴史学とアーカイブ

デジタル技術やデジタルデータを用いた史的研究をデジタル歴史学として捉えることがあります。近年、技術的な進歩と普及により加速度的に取り組みが進んでいます。アメリカ歴史学協会(American Historical Association)では、「An approach to examining and representing the past that works with the new communication technologies of the computer, the internet network, and software systems」(Seefeldt & Thomas 2009: 2)と定義され、また、長野(2015)はデジタル歴史学の主要テーマの一部として「アーカイブ構築」を挙げています。史資料の電子化を通してデジタルアーカイブ化することの意義は「歴史記録として重要な文化資源」(数藤2017: 80)と指摘され、インターネットを通じた公益性ある共有が課題ともされています(生貝2016)。

刻々と進む資料の散逸や人物の他界を受け、研究機関や研究者にとどまらず、行政府や企業でも事業が進められています。丹羽(2009)では、テレビ番組アーカイブの意義と国内外の事業、そして、戦後日本の社会や文化を次世代に伝える映像記録としてのテレビ番組アーカイブの可能性について述べられています。また、日本では、とりわけ、災害をめぐる記録が充実しており、各種災害アーカイブを東日本大震災デジタルアーカイブリンク集や、震災資料アーカイブ機関の連携ページから確認することもできます。図1のように海外機関が日本の災害のアーカイブを公開する事例もあります。

図1. 日本災害DIGITALアーカイブ(Edwin O. Reischauer Institute of Japanese Studies, Harvard University)

オラリティの力

オラリティ(Ong 2013)とは「声の文化」を意味し、文字の文化をあらわすリテラシーと対比されることの多い概念です。今回ご紹介するオーラルヒストリー映像アーカイブ『日本語教育100年史』では、「日本語」、そして、その「教育」をめぐって生きた人々の直接性の高い証言が映像保管・配信されています。先ほどの、災害に関するアーカイブ、あるいは、『みんなの戦争証言アーカイブス』『NHK戦争証言アーカイブズ』などをはじめとする戦争に関するアーカイブを、世界や社会の人々の記憶として保存するものと捉えると、こちらは、さらに、特定の分野や専門に分化したアーカイブと捉えることができると考えられます。

図2. オーラルヒストリー映像アーカイブ『日本語教育100年史』

個別の分野においても、先人たちの証言から得られる知見は計り知れません。例えば、なぜ現状となっているのか、その変遷と背景を理解する上で、または、先例に学び危機を回避する上で、内容や手法を改善する上で、至要たる手がかりとなります。なぜなら、人が生活する社会や、所属する共同体、専門とする分野について分かろうとするとき、程度の差はあれ、必ずその歴史というものを通して理解を深めているからです。

人々の証言は「生々しさを伝え、読者の感性に訴える点で非常に大きな効果を持つ」(御厨2002: 60)とされるように、他者を説得したり合意形成したりする上でも大きな力を持ちます。物事の全体と過程を理解し、それを人に伝え共有する際に、歴史的思考は効果的であると言えるのです。

それぞれの当事者のアーカイブ

今回、ご紹介したオーラルヒストリー映像アーカイブ『日本語教育100年史』は、まだ、ほんの小さな取り組みですが、こうした、分野や専門別のアーカイブも今後重要になってゆくのではないかと考えられます。

とりわけ、複雑化する世界において、国籍、人種などの枠を超えて人々がさまざまな場面、さまざまな分野で協働し、課題を解決するには、そうした多様な人々が、当該分野や事案についての記憶を共有し、共通の理解に根ざした課題整理と解決に向けた協業がとても重要になるものと思います。こうした際には、何か一つの大きなアーカイブで事足りるというよりも、多種多様なアーカイブが個別の分野や実践活動から生み出され、それらが有機的に結びつくことでアーカイブの集合知が生み出されていくようなことも期待されるように思われるのです。

参考文献

  • 生貝直人(2016)「デジタルアーカイブと法政策」『大学図書館研究』104: 11-18.
  • 数藤雅彦(2017)「映像のデジタルアーカイブに関する法制度と改正動向」『デジタルアーカイブ学会誌』1: 80-83.
  • 長野壮一(2015)「デジタル歴史学の最新動向―フランス語圏におけるアーカイブ構築およびコミュニティ形成の事例紹介―」『現代史研究』61: 39-47.
  • 丹羽美之(2009)「アーカイブが変えるテレビ研究の未来」『マス・コミュニケーション研究』75: 51-66.
  • 御厨貴(2002)『オーラル・ヒストリー―現代史のための口述記録―』中央公論新社.
  • Ong, W. J. (2013). Orality and literacy. Routledge.
  • Seefeldt, Douglas & Thomas, William. G. (2009). What is Digital History? A Look at Some Exemplar Projects. Faculty Publications, Department of History. 98: 1-7.