業界メディアもおもしろい!

修士課程1年の蓼沼です。年末年始、マスメディアのこれからを話題にした記事やSNSの投稿を多く目にしました。日本新聞協会が毎年発表している新聞の発行部数や、NHK紅白歌合戦をはじめとした年末年始番組の視聴率など、議論のきっかけとなる数字が出てくるタイミングだったのだと思います[1]

そこでふと、同じメディアでも「業界メディア」に関する議論はあまり見かけないことに気づきました。ここでいう業界メディアとは、広い読者を対象とする一般紙やテレビではなく、特定の業種(食品、不動産、教育など)や職種(経営者、エンジニア、マーケターなど)の関係者に向けて、専門的な情報を発信するメディアを指しています[2]

私にはテレビ局の報道記者から業界メディアの編集者へと転職した経験があります。メディア産業という点ではどちらも同じですが、ビジネスとして抱える課題も働いて得られる経験も、ずいぶん違ったと感じています。そこで今回は、業界メディアのあれこれを、自身の経験を基に書いてみます。

テレビの報道記者時代は携帯電話とビデオカメラ、紙のメモが必需品でしたが、転職後はノートPCが相棒になりました。業界の勉強や取材準備のために、本もたくさん読むようになりました。

仕事の魅力

(1)業界の変化を最前線で追いかけられる

まだ記事にも書籍にもなっていない最新の情報に触れることができるのが、一番の魅力です。また、業界を定点観測し続けると、なにがどう変化しているのかが少しずつ見えてくるようになります。そうすると、複数の取材対象者から聞いた話を抽象化して共通点を見つけたり、このことを伝えたい!と、狙いを持った企画を立てられるようになってきます。そうなってから、仕事が一層楽しくなりました。

時にはテレビや一般紙の記者と同じトピックを扱うこともありますが、切り口や深掘りするポイントは違うものになります。「自分たちの読者にとっては何がニュースなのか」を考えるおもしろさを味わえます。編集長やそれに近い立場になると、業界の有識者とみなされるようになり、講演や寄稿をする機会も増えていきます。

(2)さまざまなコミュニケーションチャネルを扱える

業界メディアの場合、少数精鋭で運営しているため、雑誌、テキスト、映像といったコミュニケーションチャネルに応じて専門の担当者を配置できないケースが多いようです。だからこそ、1人の編集者がさまざまなチャネルを扱うことができます。私自身はWebメディア掲載するテキストコンテンツを作ることが多かったですが、「Webメディアの編集者である」と自己定義するのではなく、「業界に関することならチャネルを問わず担当する編集者」という感覚で仕事をしていました。実際に紙の月刊誌、リアル開催/ オンライン開催のイベント、電子書籍など、幅広く取り扱う機会を得ることができました。珍しいところでは、在宅勤務の普及で「ながら聴き」が増えていたことに注目し、ポッドキャストを立ち上げたこともありました。

一方、そうやってあれこれ手を動かしていると、力量不足で各コミュニケーションチャネルの強みを十分引き出せていないと思うこともありました。映像、音声、書籍といった各領域のプロフェッショナルの仕事に対し、尊敬の気持ちが一層強くなりました。

(3)キャリア構築の幅が広い

知人の話や自身の経験から、業界メディアで経験を積んだ記者や編集者のキャリア構築の幅が広がっていると感じます。一つのメディアでステップアップしていくだけでなく、フリーのライターや編集者として独立する、事業会社の広報やコンテンツマーケターになる道もあります。同じ業界に身を置きながら職種だけを変える、ということができるのが、業界メディア従事者の強みです。記者や編集者の企画・制作力や業界知識、幅広い人脈は、職種を変えても重宝されるようです。

課題

(1)DXとマネタイズ

メディア全体が抱える事情に加え、各業界の事情も影響してくる部分ですが、共通課題としては、DX対応、収益性改善(収益増に加え、読者課金や広告収入といった収益源のバランスを適正に保つこと)などが挙げられるのではないでしょうか。私の場合は、業界の取材対象者と交流することはあっても、他の業界メディアの記者や編集者と深いつながりを持つことはあまりできませんでした。横のつながりを作って「業界メディアのこれから」について意見交換できたら、おもしろかっただろうと思っています(今からでも遅くはないのでやりたいです)。

(2)人材不足・人材育成

先ほど仕事の魅力として挙げたキャリアの幅の広がりは、裏を返せばメディアからの人材流出が加速することを意味します。転職そのものがより一般化している事情を踏まえると、メディアの中に人材を囲い込むというよりも、異なる職種から来た人材を育てる体制や、せっかく来てくれた人々の知見を取り入れていく体制を整えることが、ポイントになる気がします。

(3)休刊・閉鎖したメディアのアーカイブ整備

業界メディアはテレビや一般紙と比べて財政基盤が弱いところが多く、休刊や閉鎖のニュースをたびたび目にします。出版物であれば国会図書館への納本制度などがありますが、Webを主体としているメディアの場合は、閉鎖後一切アクセスできなくなるケースが存在します。2022年のTechCrunch Japanやエンガジェット日本版の閉鎖がそれにあたり[3]、関係者の間で話題になりました。業界メディアのコンテンツはその時々の状況を知るうえで貴重な資料であり、専門性が高いことから他では見つからない情報が含まれていることもあります。多くの業界メディアがWeb上にコンテンツを配信するようになったことを考えると、そうした資産を保存・公開していくスキームを検討することが急務ではないかと思います。

業界メディアはなかなか注目されることがありませんが、よーく見ると、とても魅力ある存在です。私も引き続きウォッチしていきます。


[1] たとえば 亀松太郎「1年で200万部減「新聞離れ」は止まらず 「一般紙」は15年後に消える勢い」Yahoo!ニュース 個人(2023年1月1日配信)/ ABEMA Prime 「成田悠輔氏「新聞社のビジネスモデルはもう無理」衰退は運命? 止まらない“記者離れ”」(2023年1月8日配信)などをきっかけに、SNSで議論が活発化しているように見えました。紅白歌合戦にかんしては、こちら徒然研究室(仮称)「紅白歌合戦を「視聴率以外」のデータから可視化してみる」note(2023年1月7日配信)が話題になっているようです。

[2] 具体的にどんな業界メディアがあるのかを知りたい方は、広報担当者向けの書籍に掲載されている「メディアリスト」が参考になります。たとえば 山見 博康 著『新版 広報・PRの基本』日本実業出版社 p. 288~など。

[3] 山口健太「消えてしまった「Engadget日本版」の記事を読む方法は?」Yahoo!ニュース 個人(2022年5月2日配信)では、キャッシュやアーカイブで読む、Wayback Machineを活用するといった方法が紹介されています。