こんにちは。フィールドレビューを担当いたします、馬です。今回は最近見た中国のチベット民族の映画『羊飼いと風船』を紹介します。
『羊飼いと風船』はペア・ツェテン監督の作品です。ペア・ツェテンは中国の青海省海南チベット自治州で生まれ育った人で、チベット民族の生活を描いた映画、小説を多く発表したことで、国際的にも注目されています。
この映画では、チベットの大草原で、羊飼いで生計を立てる家族の物語が語られています。平穏に暮らしている祖父、タルギェとドルカルの夫婦二人、息子三人の生活は、祖父が亡くなったことで変わりました。祖父の死後、ドルカルは予期せずに妊娠しました。チベットの人は輪廻転生、すなわち亡くなった人が生まれ変わることを信じているため、祖父が人間に生まれ変わると家族の人が思いました。
しかし、当時一人っ子政策が実施されており、チベットの女性も伝統的な思想から解放されて、子どもを産むのが義務ではないことを認識しました。また、ドルカルはこれ以上子どもを産むと家計の負担が大きくなることを心配して、妊娠中絶を考えていたが、夫と息子に怒られました。
こうして、ドルカルと家族の間に子どもを産むかどうかをめぐる軋轢が映画の中に描かれています。ストーリーは最後にオープンエンディングで終わって、出産したかは視聴者の想像に委ねられました。チベットの男性映画監督が故郷の女性が直面している困難を映画で表現することはとても興味深いです。
この映画の最も大きな特徴はチベットの人がチベット民族の物語を語ることだと思います。主流メディアではチベットなどの少数民族を表象する芸術作品はそれほど多くないと感じています。チベットの音楽や舞踊のスタイルを思い浮かべることはできますが、そこの人々はどのような生活を送っているかは現地に行かないとなかなか知ることができないと言えます。
もちろん、新聞やニュースでは少数民族のことが伝えられます。とはいえ、まるで西洋人がオリエントを想像するかのように、主流メディアに表象されたチベットにはエキゾチック、ノスタルジックなイメージがあり、遠くにある他者の世界という印象しか受けていないです。
それに対して、『羊飼いと風船』ではチベットの人は伝統、信仰に縛られつつも、新しい思想を受け入れざるを得ない葛藤が巧みに表現されています。これは外部からチベットを眺望することで得られない視座であり、チベットの人ならでは作ることのできない物語でしょう。
また、この映画に取り上げられた女性の出産は非常に意義のあるテーマだと思います。実際に、中国で少子化に対応するために、映画の背景にある一人っ子政策は既に廃止され、政策の関係で妊娠中絶を選ぶことはもはや過去の問題となりました。
しかし、少子化の責任を女性に負わせる認識が広がっている現在、映画の中に見られた子どもを産まない女性への非難は決してチベットだけの現象ではありません。宗教、信仰と全く関係がなくても、女性が自分の考えに基づいて子どもを産むかどうかを簡単に決められるわけではありません。
アメリカで法律上における妊娠中絶の禁止めぐる議論が繰り広げられているのを鑑み、女性の出産は今日においても重要な話題だと言えます。信仰、家父長制、一人っ子政策に揺れ動くチベットの女性の視点から見る出産には独特的で複雑な意味が絡んでいるため、女性の出産という普遍的な話題に新しい議論をさせられると考えています。
しかし、残念なことに、『羊飼いと風船』の中国での上映期間はわずか一週間だけでした。去年の1月から日本でも公開されましたが、大きな反響を呼んだわけではありません。ちなみに、私は動画配信サービスでこの映画を視聴したのです。
インターネットで少数者の声は多くの人に届くことが可能である反面、ユーザーが自主的に情報を探さないと彼らは見過ごされる傾向にあります。多数者の視点からではなく、少数者が自らの立場からメッセージを伝えることの難しさを再び感じました。