戦争証言アーカイブスと記憶について

こんにちは。今回のフィールドレビューを担当します。小玉です。梅雨入り前から衣替えして身軽になった今日この頃です。

さて、みなさんはNHKの「戦争証言アーカイブス」をご覧になったことはありますか。「戦争証言アーカイブス」とは、さまざまな戦争体験者の生の声を映像と共に視聴できるプラットフォームで、2009年8月から公開されています。今回のフィールドレビューは、私の「戦争証言アーカイブス」での体験と、記憶についてです。

出典:「NHK 戦争証言アーカイブス」トップページ(https://www.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/)

「戦争証言アーカイブス」サイトの概要によると、NHKでは2007年から体験者の証言を記録していく「戦争証言プロジェクト」を始め、これまで数多くの戦争関連番組を放送してきたそうです。このプラットフォームでは番組でオンエアされたインタビューのフルレングスの取材動画をインターネット上で自由に閲覧できます。証言数は2011年に600人、2017年には1100人にまで登ります。証言だけでなく、当時のニュース映像もアーカイブされていて、コンテンツのラインナップはかなり充実していると思います。立ち上げに携わった太田宏一プロデューサーによると、近年、戦争を体験された方々の高齢化が進んでいますが、戦争体験の証言がますます貴重になっていくことがNHKでも指摘され、2007年、上記の証言記録プロジェクトが開始されたそうです。

私がこのサイトを認知したのは、恥ずかしながらごく最近のことです。インターネット上のリンクをポチポチしながら調べ物をしていたとき(NHKに関連する調べ物だったこともあってか)、突然、「戦争証言アーカイブス」が画面上に現れました。こんなサイトがあったのか!とサイト内をポチポチしながら多様なコンテンツに高揚していました。

サイト内をうろうろする中、証言の検索方法のひとつに、地図から検索できる項目を発見しました。これは、地図上の地域、たとえばニューギニア地域をクリックすると、ガナルカナル島の戦いに関する証言にアクセスできる、という仕組みです。ほかにも年表からの検索もできれば、シンプルなキーワード検索、特集ページなどもあり、証言へのアクセス方法は多岐にわたります。

出典:「NHK 戦争証言アーカイブス」「地図から検索」ページ(https://www.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/search/map/)

このとき、ちょうど私は満州を舞台にした漫画を読了していたときで、気づけばカーソルを地図上の満州地域に移動させていました。当初調べていたことそっちのけで、ノモンハン事件や満州国軍での体験の証言動画を再生し、聞き入っていました。

動画によっては、証言をベースに編集された放送番組をそのままアーカイブしたものもありましたが、たいてい、証言の取材動画です。BGMもナレーションもありません。基本的にカメラは固定されたままで、つねに証言者を捉えています。情報は声と表情の2つだけです。記者さんの声も収録されています。証言者は、間(ま)を置きながらゆっくりと話される方が多いのですが、その間(ま)もあまりカットされておらず、記者さんとの対話を生で聞いているような感じです。編集されていない生のもの、いわば、作為的でない、リアリティ感があるように思えます。

この「戦争証言アーカイブス」は、デジタルで記憶を継承していくデジタルアーカイブの領野のパイオニアとして評価されています。近年、技術がますます発展し、さまざまな戦争の記憶を伝える試みが行われていると思います。拡張現実機能を用いた3次元的な記憶の記録プラットフォームの構築や、SNSでエピソードを発信する試み、白黒写真のカラー化もありました。これらは、さらにリアリティを追求したものといえるかもしれません。

ただし、これらテクノロジーを介した記憶の受容プロセスの中には、一方向的な視聴から、参加型の体験へと変容しているものもあります。この点では「戦争証言アーカイブス」とは異なるデジタルアーカイブだと考えられます。ここで注意しておきたいのが、あくまで当時の体験は当時の文脈を踏まえての体験であり、現代の私たちがその体験を同じ体験として知ることは不可能だということです。

かつて哲学者の岩崎稔が、「《記憶》は、確実に準拠できる過去の事実の再生産と考えることもできない。それ自体がそのつど過去の産出であり、創造である。(略)あらゆる起源そのものがすでに物語性を回避できないからである」と、述べています。また、社会学者のM・スターケンは、真実の第一義的な基礎として「体験」概念をあげます。つまり、この参加型デジタルアーカイブにおける記憶は、岩崎のいうように、ただでさえ記憶を想起する本人が自ら作り上げてしまった体験を、プラットフォームの構造にいよって疑似体験へと昇華させられ、さらに第三者である受容者に自身の置かれた状況で体験されるという、三重もの創造プロセスを経て編まれた記憶です。このようなプラットフォームは、受容する個々が「体験」言説の中で消費することを可能にし、当時の体験をわかった気にさせてしまう可能性が危惧されます。実際、昨年の「ひろしまタイムライン」をめぐる問題も、この第三者が追体験することによる弊害がもたらしたもの、と考えることもできるかもしれません。つまるところ、体験は作られた「体験」で、記憶は作られた「記憶」、リアルでさえ作られた「リアル」だ、ということを常々考えていくことが重要だろうと思います。

このように、オーセンティシティを介在させることによる複雑さはありますが、とはいえ、記録する行為それ自体はジャーナリズムのひとつだと考えられます。「戦争証言アーカイブス」もまた、失われつつある声を救い上げるジャーナリズム運動ということもできるでしょう。ただ、アーカイブス上の証言者はすべての戦争体験者ではありません。証言のない体験、岩崎の言葉を借りれば、「《語りえないもの》の語り」、丹羽先生の言葉を借りれば「忘れ物」(取りに戻れない「忘れ物」でしょうか)も存在するかもしれません。サイト運営にはどうしても予算がかかり、その中で閉鎖されていくサイトがあるという話を見聞きします。「戦争証言アーカイブス」は、今後も残されるといいなと思います。たまたまふらっとサイトを訪問して、満州ものの漫画を読み終えていて、元満州国軍の将校の証言に聞き入るなんていう人のためにも。

ところで、その満州を舞台にした漫画ですが『虹色のトロツキー』というタイトルで、安彦良和による90年代に連載された全8巻の漫画です。ウムボルトという、モンゴル人の母親と日本人の父親をもつミックスの青年が、「トロツキー計画」という軍の陰謀に巻き込まれながら、建国大学の「五族協和」理念や日本国軍の体制的愚かさとぶつかり合う様を描いた作品です。これもひとつの、戦争の証言の記録といえるかなと思います。内容は濃く、その分、首をかしげるようなシーンもありますが、おもしろかったです。おすすめです!

参考資料

  • 林るみ,「戦争体験をデジタルで継承 戦後72年、危機感が支える動き」『朝日新聞』,2017年9月13日朝刊.
  • 岩崎稔,1994,「防御規制としての物語——『シンドラーのリスト』と記憶のポリティクス」『現代思想』22(8),176-189.
  • 岩崎稔,1995,「《語りえないもの》と《政治的なるもの》(ショア——歴史と証言<特集>)」『現代思想』23(7),156-171.
  • 宮本聖二,2011,「特集 日本アーカイブズ学会2011年度大会企画研究会報告〈広がりゆく「デジタルアーカイブ」とアーカイブズ〉公共放送によるインターネット時代のコンテンツ展開——NHK戦争証言アーカイブスのこころみ」『アーカイブズ学研究』15: 16-27.
  • 「NHK戦争証言アーカイブス」(2021年6月25日取得,https://www.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/).
  • 丹羽美之,2013,「東日本大震災を記憶する——震災ドキュメンタリー論」丹羽美之・藤田真文編『メディアが震えた——テレビ・ラジオと東日本大震災』東京大学出版会,359-393.
  • Sturken, Marita, 1997, Tangled Memories: the Vietnam War, the AIDS Epidemic, and thePolitics of Remembering, Berkeley: University of California Press.(岩崎稔ほか訳,2004『アメリカという記憶̶̶ベトナム戦争、エイズ、記念碑的表象』未來社.)
  • 「高齢化する戦争体験者『伝え残したい』NHK戦争証言アーカイブス・プロデューサーに聞く(上)・(下)」『Yahoo!ニュースオリジナル』,2014年8月14日(2021年6月25日,https://news.yahoo.co.jp/articles/fe53592f96d0f18719fa3224a5e01c6c84961e8d ).