「パナマ文書」はこうして取材・報道した

今回のフィールドレビューは、修士課程の久野が担当いたします。今年の6月2日、「『パナマ文書』はこうして取材・報道した 第17回報道実務家フォーラム」に参加してきました。

「パナマ文書」とは、2016年4月3日に世界中にリーク(漏えい)された、タックスヘイブン(租税回避地)を利用していた企業や個人の顧客情報です。タックスヘイブンを利用して大企業や個人が税金の「節税」を行っていたことを裏付ける「パナマ文書」が流出したことで世界各国を巻き込んだ騒ぎとなりました。

そして、今回のパナマ文書の報道が異例だったのは、日本も含む世界76カ国の約400人ものジャーナリストが協力し取材を進めたことです。さる2015年8月、ある匿名人物からパナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」の内部文書を大量に提供された南ドイツ新聞は、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)に協力を求め、ICIJは各国のジャーナリストを組織し調査に乗り出しました。今回のフォーラムは、このプロジェクトに参加し日本関係の分析・取材をした朝日新聞の奥山俊宏さん、共同通信の澤康臣さん、在米フリー記者のシッラ・アレッチさんが報道の内幕を語りました。

開場時間の18時過ぎに到着しましたがすでに教室には報道関係者、学生、一般の市民で多くの席は埋まっていました。現在NY在住で、かつて日本に留学した経験ももつアレッチさんは記者としてもいろんなこと考えながらも公共の利益を常に念頭に置いて、情報を集めたといいます。今回のパナマ文書の調査を振り返り、国境やニュースルームを超える波及効果やインパクトを持ったものだった、オフショア取引などに議論を促す契機となった、と振り返りました。朝日新聞の奥山さんは、タックスヘイブンの問題を自社の新聞記事にしても争点化されてこなかった過去に触れ、上手くプレゼンができていなかった、オバマ大統領が言及したことが国際世論の盛り上がりにつながったと述べました。共同通信の澤さんは、旧知の仲だったアレッチさんからの「メールではいえませんが、興味ありますか?」という謎のメールががパナマ文書に関わるきっかけとなったといいます。さらに英米ジャーナリズムとの差について、「日本は匿名報道要請が極端に高く情報公開に限度がある。この状況が当たり前なのではなく、記者の国際協力で学ぶことも大事なのではないか」と問いかけました。

(ICIJのパナマ文書ポータルサイトより引用 20160715現在)

ところで、今回の調査母体となったICIJとは一体どのような集団なのでしょうか?ICIJとは「International Consortium of Investigative Journalists」の頭文字を取ったものです。国際調査報道ジャーナリスト連合という意味で、文字通り世界中のジャーナリストたちで構成されています。さらに驚くことに非営利組織の形態をとっており、財政は個人の寄付や慈善財団から与えられる資金提供によって支えられています。こうした非営利組織による調査報道は日本でも可能なのでしょうか。講演の最後に質問したところ、「日本でも調査報道をやろうという意識は高まっているという実感はある。しかしアメリカほど既存のマスメディアは落ち込んでおらず、非営利メディアが勃興する素地はまだ整っていないかもしれない。こうしたフォーラムを通じて、所属企業にこだわらず縦横の繋がりを作っていくことがまずすべきことではないか」という回答が得られました。

今回のパナマ文書の一連の報道によってアイスランドの首相が辞任に追い込まれたほか、中国の習近平国家主席の親族、英国のキャメロン首相の亡父、ロシアのプーチン大統領の友人らが取引に関与していたとして大きな問題となりました。その背後には、地道に、内密に情報を精査し集めていた世界中のジャーナリストたちがいたということに、驚きと尊敬の念を禁じえません。小説家、ジョージ・オーウェルは言いました。「ジャーナリズムとは、報じられたくないことを報じることだ、それ以外は広報にすぎない」と。多くの公職者や著名人の租税を報じ世界規模のスキャンダルとなったパナマ文書はまさに、ジョージ・オーウェルの言うジャーナリズムの功績となるかもしれません。