「カメの池」に映り込むもの

今回のフィールドレビューは、博士課程の松本篤が担当いたします。現在、「コミュニティ・アーカイブ」というメディア実践が、全世界的に活発化しています。

私はこの現象をとおして、価値がないと捉えられていたモノに価値が付与されていく「資源化のプロセス」を、<社会>と<科学技術>とが分ちがたく結びついている生活空間というローカルな位相から、動態的に明らかにすることをめざしています。

また、「コミュニティ・アーカイブ」の実践の多くが取り扱っている「記録」や「記憶」というモノをひろく知的財産と捉えた場合、その共有や所有のあり方をいかにデザインするかというアクチュアルな問題に対して、その技法(アート)を開発・実践・検証することに取り組んでいます。

現在、AHA![Archive for Human Activities/人類の営みのためのアーカイブ](以下、AHA!)という映像アーカイブ・プロジェクトが、国内各所で展開されています。この取り組みの目的は、パーソナルな「記録」やそれにまつわる「記憶」の潜在的価値に着目し、それらを媒介(medium)にした「場」のあり方を探求することです。

2005年の始動以来、映像史上はじめて一般家庭に普及したものの、今では劣化・散逸の危機に直面している「8ミリフィルム」というメディアに焦点をあて、その<収集・公開・保存・活用>の仕組みづくりをデザインしています。私は、プロジェクトの発起人として深く従事しながら、研究対象として参与観察を継続してきました。いわば「当事者」かつ「観察者」として、このプロジェクトに関与しているわけです。

aha in ogaki

ここで昨年度、岐阜県大垣市に所在する情報科学芸術大学院大学(IAMAS)が主催する「岐阜おおがきビエンナーレ」に参加した際の取り組みを簡単にご紹介します。この事例では、大垣市周辺の各戸に眠る8ミリフィルムを収集するとともに、インスタレーション、フリースペースの運営、パフォーマンス(公開鑑賞会)といったアウトプットが相互に連動した取り組みでした。ここでは特に、インスタレーション(空間展示)と、フリースペースの運営について実施された内容を以下に説明します。

■いこいのひろば カメの池 the short-lived oasis: kame no ike

s38 kamenoike

現在のJR大垣駅南口のロータリー付近に、戦前から昭和50年代後半にかけて、市民の憩いの場がありました。その名も「カメの池」。自噴する池の中に大群のカメが生息していたことから、そのような愛称で呼ばれていたようです。フィルム収集の際、地元の住民の方からは「好きな人の名前や自分の名前、店の屋号などが白ペンキでカメの甲羅に描かれていた」といったお話をよく聞きました。

幸いにも、フィルム収集のプロセスの中で、昭和38年に撮影された「カメの池」の様子が記録されている映像(約10分/音声なし/モノクロ)を、ご提供いただくことができました。そこで展覧会期間中に、大垣駅前の空き店舗(フィルム提供者が経営されていたカメラ店跡)を活用し、小さな休憩所を設え、その映像をご覧いただける場をつくりました。期間中、このスペースでは、「カメの池」に関することや来場者のライフヒストリーなど、さまざまな語りが生成される場として機能しました。

■リビングアーカイブ “7つの声” the living archives:”with one voice”

aha with one voice

前述の「カメの池」の映像(昭和38年に撮影/約10分/音声なし/モノクロ)を、大垣市在住の20〜80代の男女7名にご協力いただき、個別に映像をご覧いただくとともに、そこで喚起された語りやライフヒストリーを採録しました。そして、展覧会場であるIAMASの仮眠室において、「カメの池」の映像と、映像をとおして生成されたそれぞれの音声を同期させ、7つのスピーカーを用いて “一斉に/with one voice” に再生させる、という試みを行いました。

これらの取り組みをとおして、主に3つの成果あるいは課題を得ることができました。

まず1つ目は、映像の鑑賞をとおしたライフヒストリーの聞き取りに「可能性」と「暴力性」を感じたこと。およそ10分の「カメの池」の映像を繰り返し鑑賞してもらいながら個人のライフヒストリーを伺ったのですが、そこで語られた内容は「カメの池」に関するものだけにはとどまらず、生活、産業、経済、文化、風俗など、多岐にわたりました。また、事実であり、創作であるような語りが生まれました。映像の鑑賞という行為を通じて、映像と鑑賞者の関係を生成させること、あるいは、映像の中に畳み込まれていた映像と鑑賞者の関係を顕在化させ、さらに展開させていくこと。このようなアクションリサーチの方法に可能性と危うさを感じられずにはいられませんでした。

2つ目は、映像を用いたインタビューの方法論を、さらに精緻化する必要があるということ。実は、近年における海外の文化人類学の取り組みの中には、映像資料や写真を用いてインフォーマントから情報を提供してもらう「エリシテーション」と呼ばれる調査方法がすでに生まれています。しかし日本においては、映像資料をどのように「分析」するのかという問いは最近では数多く見られるようになりつつありますが、映像資料を学術研究のツールとしてどのように「活用」していくのかという議論は意外と少ないのが現状です。したがって、今回の取り組みを、ライフヒストリー研究やエスノメソドロジーの延長線上にある実験的な調査方法としっかりと位置づけ、その方法論の整理を進める必要があるでしょう。

3つ目は、プロジェクトの最終形態をどうするか、ということ。このような取り組みのアウトプットを空間展示といったかたちで成果を発表するのか、あるいは論文といったかたちで成果を発表するのか、その両方を考えるべきなのか、いや、さらなるオルタナティブな形態があるのか等、さらに見極めていくことが必要になると感じました。

昨年度の成果と課題を受けつつ、今年度も大垣での取り組みを進めようとしているところです。ご期待ください。

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remo
AHA!

http://www.remo.or.jp/ja/project/aha
情報科学芸術大学院大学(IAMAS)
http://www.iamas.ac.jp/