今回のフィールドレビューは、博士課程の鈴木が担当いたします。今回は最近読んだ本を紹介させていただきたいと思います。
このThe French Comics Theory Reader(Ann Miller & Bart Beaty, 2014)は、フランス語で発表された漫画に関する批評・論文のなかから重要なものを選出し、英語に翻訳し、それらを1冊にまとめたものです。詳しい書評に関してはすでに下記サイトに発表されておりますので、以下をご参照ください。(http://mediag.jp/news/cat/the-french-comics-theory-reader.html)
そこでこのフィールドレビューでは、この中でも特に私の研究に関わりのある、Luc Boltanskiの「The Constitution of the Comics Field」(1975)について、紹介したいと思います。これは1960年代以降のフランスにおいて、「漫画界」がどのように成立したかについて、論じたものです。
著者のLuc Boltanskiは、フランス社会科学高等研究院(EHESS)の教授で、現代フランスを代表する社会学者のひとりです。彼のキャリアは、ピエール・ブルデューらとの共著『写真論』(1965)からはじまったといわれています。この『写真論』とは、ブルデューらのグループによる研究プロジェクトをまとめたもので、いまだ「聖なる芸術」としての認可を受けていない「中間芸術」に注目し、その実践の多様性、曖昧さ、流動性を明らかにするという問題意識にたっています。そのなかでBoltanskiは、第2部第2章「挿絵のレトリック」を担当しています。
さて、そのプロジェクトから約10年後に発表されたこの論文は、まさにこの問題意識をもって、「中間芸術」としての漫画に注目したものだといえるでしょう。Boltanskiは、フランスでは1960年代以降に、「漫画界」に決定的な変容がもたらされたと指摘します。それまで漫画というものは、経済的な自律性が低く、(文化的)正統性の階層においても被支配的な位置を占めていたとされています。しかし1960年代後半以降、それまでとは異なる社会的軌跡を有する人々が漫画家として市場に参入し、読者層に構造的変化が起こり、制度化を可能にする装置の編制が行なわれていったことによって、界に変容が起こっていきます。
この論文が面白いと私が感じた点は、①上記のような「漫画界」の成立が、伝統的な高級文化をモデルとしてなされたものだと指摘している点、②一方で一部の漫画家は、こうした高級文化の界の規範を採用することにためらいがちであり、自身の社会的立ち位置を曖昧なままにしていると指摘している点の2点です。
この論文は現在の視点からみれば問題点もあるかもしれませんが、漫画を社会学の観点から問題化しようと試みている点、漫画界の成立を作者・読者・制度といった側面から関係論的に論じている点など、学ぶことも多い論文だと感じました。現在、このような「漫画の社会学」を志向した研究が増えつつあります。そうした動向のなかに、私も研究も位置づけられたらいいな、と思っています。