2012年11月12日、東京大学本郷キャンパス工学部2号館にて、テレビアーカイブ・プロジェクト第8回「みんなでテレビを見る会」が開催されました。今回は、「日本の貧困ー生活保護報道から考える」をテーマに、1987年に札幌テレビで制作、NNNドキュメント’87で全国放送されたドキュメンタリー『母さんが死んだー生活保護の周辺』を上映しました。ゲストにはこの番組のディレクターでもあり、格差・貧困報道にライフワークとして取り組んでいる水島宏明さんをお招きしました。
『母さんが死んだ―生活保護の周辺』では、1987年に札幌で起きた母子家庭の母親の餓死事件に焦点があてられています。母親は生活保護を受けられる水準の収入であったにもかかわらず、福祉事務所は生活保護を廃止、母親は病院や居酒屋などで働きながら3人の子供を養っていくことになります。サラ金や友人からの借金もかさみ、生活はますます困窮していきます。勤めていた喫茶店の主人の勧めで再び福祉事務所を訪れますが、「水際作戦」によって生活保護の申請まで至らずに帰されてしまいます。母親が遺体となって発見されるのはその2か月後のことです。
「水際作戦」とは、行政の福祉担当者が生活保護申請に窓口に来た人を申請に至らせないようにするものです。「若いのだから働きなさい」「親族に援助してもらいなさい」が常套句となります。しかし法律上では、生活保護申請はだれもに保障されている権利です。そうした制度を周知させることもなく、「水際作戦」で追い返すことの背景には、 国や省庁からの保護率引き下げへのプレッシャーが、福祉事務所やひとりひとりのケースワーカーにまでのしかかっていることがあげられます。
生活保護を取り巻く問題は、そうした福祉の制度上のものだけではありません。後半では水島宏明さんが、メディアがいかに生活保護の問題に関わってきたかについて、今日の状況もふまえてお話ししてくださいました。生活保護報道では、本来取り上げられるべき「漏給」、つまり受給すべきなのにしていないということは取り上げられずに、むしろ「濫給」、いわゆる不正受給の問題ばかりが取り上げられる傾向があります。
水島さんによれば、実際に不正受給をしている人は生活保護受給者の1パーセントほどしかいないにも関わらず、今日のメディアはそれを大々的に取り上げています。また、そこで問題とされる「不正受給」は、正確には「不正受給」ではない場合があるにも関わらず、まるで犯罪者でもあるかのように取り上げられているのです。そのような破たんした論理を埋めるためにか、間違った数値データが持ち出されることさえあります。こうした問題は、ジャーナリストの倫理の問題として問われなければならないでしょう。
この他、貧困問題を専門とするジャーナリストが多数いるイギリスとの比較など、興味深いお話をたくさん聞くことができました。水島さん自身、ロンドン特派員時代の経験が、生活保護報道を貧困報道の一部と認識するきっかけになったとのことでした。
ちなみに、NHK・BS1のBS世界のドキュメンタリーにて、11月26日から2週にわたって、「シリーズ 世界の貧困」が連日放送されます。みんテレで取り上げたのは日本の貧困でしたが、アメリカでも、中国でも、アフリカでも、貧困はますますグローバル化しています。世界のジャーナリストたちは貧困問題をどのように伝えているのか。興味がある方は、ご覧になってみてはいかがでしょうか。