今回のフィールドレビューは、博士課程の松本が担当します。来たる12月から翌年1月にかけて、「震災」と「育児」をテーマにした巡回展『わたしは思い出す 10年間の育児日記を再読して』が神戸にて開催されます。松本は本巡回展を企画したアーカイブプロジェクト、AHA!の世話人として企画・運営に深く関わっています。いったいどんな内容なのか、その概要をご紹介したいと思います。
10年目の《3.11》をまたぐかたちで、企画展『わたしは思い出す 10年間の子育てからさぐる震災のかたち』(主催|せんだい3.11メモリアル交流館、企画|AHA![Archive for Human Activities/人類の営みのためのアーカイブ])が、仙台において開催されました(2021年2月〜7月)。本巡回展は、仙台で開催されたその企画展の展示内容に、新たな要素を加えて神戸の地にて巡回発表されるものです。
仙台での企画展を開催するにあたり、東北地方太平洋沖地震の前後に出産を経験した方を対象に、これまでの10年間を振り返るワークショップを事前に実施しました。その参加者の1人がかおりさん(仮名)でした。仙台市内に暮らしていたかおりさんは、2010年6月11日に初めての出産を経験して以来、日記を書き続けてきました。そしてその9ヵ月後、沿岸部の自宅にて地震に遭います。彼女はそのあともずっと日記を書き続けました。
かおりさんは、これまでの10年間、何を綴り、それらを再読して何を思い出したのか—。仙台での企画展では、育児日記の再読をとおして生まれたかおりさんの語りを企画者が文字に起こし、展示しました。1000年に一度と言われたあの大地震からの10年を、ひとりの女性の記録と記憶をとおして振り返ると、どんな風景が見えてくるのか。仙台での企画展は、1人の人間を主語にした震災後の生活世界を捉え直そうとする試みでした。
かおりさんにとって、毎月11日は初子の月誕生日でした。それは一方で、3.11以後には、多くの犠牲者の遺族にとっての月命日にもなりました。出産日、地震の日、津波に遭った家を引っ越した日、子どもを怒った日、卒業式の日……。仙台での企画展では、かおりさんが語ったエピソードのうち、とりわけ、毎月11日のエピソードにフォーカスをあて、「わたしは思い出す」という短いフレーズから始まる130の短文としてまとめ、壁面に時系列に配置しました。また、その短文を解説する語りのテキスト(ハンドアウト)を1年ごとにまとめ、その場でも読め、また、持ち帰ることもできるような設えにしました。
この「わたしは思い出す」というフレーズのリフレインは、個人的で断片的な回想を羅列した、ジョー・ブレイナード『ぼくは覚えている』(白水社、2012)や、実験的な文学作品を世に残し、『潜在的文学工房(ウリポ)』にも属したジョルジュ・ペレック『ぼくは思い出す』(水声社、2015)が用いた詩的表現や方法論に想を得ています。
目下、神戸での巡回展を準備しています。その準備と並行して、神戸での本巡回展で公開するテキスト、及び、巡回展では公開できない未発表部分のかおりさんの語り、展覧会ができるまでの制作日誌(メイキング)を収録した書籍の出版を準備しています。詳細情報は随時、以下のサイトからご確認ください。
誰にも語られるはずのなかったおよそ20万字の言葉たちに触れるその時。
かおりさんと異なる10年の歳月が、かおりさんと同じように流れていたことを、あなたは思い出します。