メディアにおけるD&I推進

こんにちは。博士課程の馬琳です。今回のフィールドレビューはメディアにおけるD&I推進についてお話しいたしたいです。

米国アカデミー賞の選考基準の改定

みなさんは最近、D&Iをよく耳にしているのでしょうか。DとIはそれぞれダイバーシティ(diversity)、インクルージョン(inclusion)の頭文字です。多様な人々を包摂する理念として、D&Iが多様な領域において提唱されています。メディア分野におけるD&I推進を象徴する事例の一つは、米国アカデミー賞作品賞の選考基準の改定です。2020年に、アカデミー賞の主催組織である映画芸術科学アカデミーは、作品賞にノミネートされる作品はインクルージョンを反映しなければならないという新たな条件を設けました。具体的には、映画のキャストだけでなく、監督、脚本家などの制作に関わるスタッフに、女性やエスニック・マイノリティ、LGBTQ、障害者が含まれなければなりません。また、映画のメイン・ストーリーがマイノリティに焦点を当てることも求められます(Academy of Motion Picture Arts and Science 2020)。このように、映画芸術科学アカデミーは映画の表象から制作過程までにおいて、多様な人々の包摂を重視する姿勢を示しています。

上記の選考基準は第96回アカデミー賞(2024年)から適用され始めますが、この2~3年間の受賞作品や受賞者から見れば、選考にあたってインクルージョンが強く意識されていると感じました。とりわけアジア系の俳優や監督がアカデミー賞で活躍していることが印象深かったです。例えば、第92回アカデミー賞(2020年)では、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』は作品賞、脚本賞など、4部門の賞を得たことが挙げられます。外国語映画が初めて作品賞を取ったことは、世界中に大きな話題になっていました。翌年、クロエ・ジャオは史上初のアジア女性として監督賞を受賞したほか、ユン・ヨジョンは韓国人俳優として初めて助演女優賞を受賞しました。2年連続して、アカデミー賞の歴史が塗り替えられたと言えます。

『パラサイト 半地下の家族』(出典:映画公式サイト https://www.parasite-mv.jp

さらに、今年度のアカデミー賞では、ミシェル・ヨーが主演女優賞を獲得した初のアジア系女優となりました。授賞式では、彼女によるスピーチの中で、「女性の皆さん、すでに全盛期が過ぎたなんて誰にでも言わせないでください。諦めないでください」という発言はSNS上で大きな反響を呼びました。ミシェル・ヨーはアカデミー賞授賞式前のインタビューにおいても、アジア人俳優が注目されず、認められていないことについて語りました(BBC 2020)。60代のアジア女性がハリウッドで大成功を収めたことは、映画界でD&Iが推進されていることの象徴だと言っていいでしょう。

ミシェル・ヨー(出典:映画芸術科学アカデミー公式サイト https://www.oscars.org

「インクルージョン基準」に準じる多様なメディア

アカデミー賞の新基準が発表された後、過去の受賞作品の多くが「インクルージョン基準」に満たないという議論がありました。例えば、「今だったらアカデミー賞を獲れなかったかもしれない25作品…2024年からは『多様性』が受賞基準に」(Guerrasio 2020)という記事では、多様性と包摂性が反映されなかった過去の受賞作品が挙げられ、映画における白人男性中心主義が指摘されました。一方、新基準に照らして過去の映画やテレビ・ドラマを振り返してみたら、多様性と包摂性が表象されている作品も多くあります。私が思い出したのは2008年にフジテレビで放送されたテレビ・ドラマ『ラスト・フレンズ』です。このドラマにおいて、性同一障害者、家庭暴力に遭った女性、性的虐待を受けたことのある男性等々、多様な苦しみを抱える主人公たちがシェアハウスで一緒に暮らす物語が描かれています。ダイバーシティとインクルージョンの理念が広がっている現在だったら、これは大好評を博すドラマになるはずでしょう。

また、映画、テレビ・ドラマだけでなく、インクルージョンに取り組むテレビ・ドキュメンタリーも多くなっています。例えば、今年4月29日と30日に、『NHKスペシャル』で放送された「“男性目線”変えてみた」という2回シリーズ番組は典型的な例だと思います。当該番組では、医療、政治、経済などの様々な分野が男性中心的であり、女性が排除された事例が取り上げられ、女性のインクルージョンがいかに重要なのかが伝えられました。このようなメディア実践は、女性を医療、政治、経済などの分野に直接に包摂することができないとはいえ、排除された人々の存在を見えるようにする役割を果たして、意識改革を促すと思います。

以上のように、メディア分野において、インクルージョンに取り組む機運が高まっています。いよいよ次回のアカデミー賞の選考では、新しい基準が適用されるようになります。これをきっかけに、映画界ないしメディア業界の新しい歴史が始まるような気がして、楽しみにしています。D&I推進には、メディアに多様な人々を登場させることや、メディア業界に多様な従業者を包摂することは重要な第一歩だと思いつつ、単にメディア表象やメディア産業におけるマイノリティの数を増やすことにとどまると不十分だと感じます。量的な変化は必ずしもマイノリティのエンパワメンをもたらすというわけでもなく、マイノリティのメディア表象が消費されることも懸念されています。この第一歩を踏まえて、排除された人々のインクルージョンに向けて、メディアは何をすべきかを考えるのはこれからの課題でしょう。

参考文献

・Academy of Motion Picture Arts and Science, 2020, “Academy Establishes Representation and Inclusion Standards for Oscars Eligibility”, California: Academy of Motion Picture Arts and Science, (Retrieved July 25, 2023, https://www.oscars.org/news/academy-establishes-representation-and-inclusion-standards-oscarsr-eligibility).

・BBC, 2020, “Oscars 2023: Michelle Yeoh eyes a victory for ‘unseen’ Asian communities”, BBC News, (Retrieved July 25, 2023, https://www.bbc.com/news/world-asia-64820346).

・Jason Guerrasio,2020,「今だったらアカデミー賞を獲れなかったかもしれない25作品…2024年からは『多様性』が受賞基準に」,Business Insider Japan,(2023年7月25日取得,https://www.businessinsider.jp/post-220064).