こんにちは!今回のフィールドレビューは博士課程の柳がお届けします。韓国には「女の変身は無罪」という言葉があります。女性が、ある日突然イメージチェンジで「変身」しても良い!驚かないで!という意味です。要するに、女性の「変わりたい」を表しています。今までとは異なるイメージを見せる女性に対する褒め言葉として多く使われていて、最近は「女性≒変わりたい」を前提にしていることから、ほぼ日常生活では使われることのない死語のような扱いになりつつありますが、コスメやファッションブランドのマーケティングではいまだに見かけることができる言葉でもあります。
前説が長くなりましたが、最近のコスメブランドのCMを見ていると、まさしく「このような変身は無罪だろ」と思います。このような変身ならウェルカム!大歓迎!と思うCMが続々出ているからです。その中でも、今回私がご紹介したいCMは、KANEBOの「希望よ、動き出せ。〜Be Positive〜」篇(2021)と資生堂の「美しさとは、人のしあわせを願うこと。」篇(2022)の二つです。
2021年オンエアしたKANEBOの「希望よ、動き出せ。〜Be Positive〜」篇は、KANEBOが新たなブランドコンセプトして掲げた「I HOPE」のリブランディングの一環として制作されたCMです。「ポジティブな力を引き出すことができるように化粧品が寄り添う。そこには性別も、人種も隔たりにならない。」というメッセージを込めて、「今この時代を逞しく生きる人々」を映すことを強く意識しながら制作されました。実際に、世界各地で生きている人々の自然でポジティブな姿を捉えるために、東京をはじめ世界各都市で撮影を行ったそうです。「見た目の美しさではなく、希望を発信する化粧に生まれ変わる」というブランドの新たな価値観はもちろん、「希望よ、動き出せ。」というキャッチコピーが表しているように、KANEBOの口紅でつながる世界のポジティブな力がよく伝わります。マスク着用が当たり前になったコロナ禍で、「口紅を塗る」行為が自己高揚の希望に満ちた行為の象徴になりうるという点から「口紅」をキーアイテムとして選んだという制作側の意図も、「なるほどー!!」と胸を熱くさせます。
続いて、2022年にオンエアしたばかりの資生堂の「美しさとは、人のしあわせを願うこと。」篇は、資生堂が創業150周年を記念したCMです。まだ4月ですが、おそらくこのCMが「2022 MY BEST CM」ではないかと思うくらいおすすめのCMです。本CMでは、資生堂の150周年の歴史をふりかえ、1872年創業当時から未来に続くまでを8人の人気俳優が演じています。過去から現在、そして未来へと続くこの60秒のCMの中に、資生堂が発信してきたメイクやメッセージ、価値観などの変遷がよく盛り込まれています。150周年特設サイトには本CMに登場する場面の解説もあるので、一緒にご覧になるとより楽しめます。全ての場面にこのような意味が込められていたとは!と思うと鳥肌が立つくらいです。一昔前のCMをオマージュした仕掛けがたくさん施されているので、元のCMを見ながら見比べるのもひとつの楽しみであります。(私的に一番好きと思ったのは、安藤サクラがオマージュした1982年の「い・け・な・い ルージュマジック」では男性が運転、女性は後部座席で化粧―という設定だったことに対し、今回のCMではその設定が逆転している点です。一瞬のシーンではありますが、このようにさらっと過去に敬意を表しつつ、新たな価値観を取り入れるとは、と感動しました。)
この二つのCMには次のような共通点がみられます。まず、最も目立つのは過去の自社CMをオマージュしたことです。KANEBOのCMに流れる曲は「唇よ、熱く君を語れ」で、1980年のKANEBO「レディ80口紅」のキャンペーンソング。2021年のCMには、歌手のCrystal Kayさんがカバーしたバージョンを用いています。また、資生堂のCMに流れる曲である「君のひとみは10000ボルト」も1978年の資生堂「ベネフィークグレイシィ」のキャンペーンソングです。2022年のCMには、歌手の中村佳穂さんがカバーしたバージョンを用いています。KANEBOも資生堂も、それぞれ1878年と1872年に創業した日本有数の長い歴史を誇るコスメブランドです。変わりゆく社会にブランドのコンセプトや価値観を合わせて変化してきたと言えるでしょう。この二つのCMが過去の自社CMのキャンペーンソングを現代的にアレンジした曲を用いたということから、どれも「いきなり大変身!全く新しく生まれ変わります」ではなく、自社の長い歴史の中で、それを大切にしながらも、これからの未来につなげていくという新たなメッセージの発信を読み取れます。
もうひとつ注目したいのは、このコスメブランドが発信しているメッセージ。共通して「真の美というのは見た目の美しさではない」ということを語っています。「キレイな外見」とか、「美貌」とかではなく、「希望」や「しあわせ」など、見た目から切り離された「美しさ」をそれぞれのブランドが発信していることも非常に大きな変化であります。そのメッセージに相応しく、CMの中には、多くのコスメブランドのターゲット層である「若い女性・健常者」だけではなく、人種、性別、年齢、障害などを超えた多種多様な人が登場します。昨今のダイバーシティを意識し、そういう要素をふんだんに取り入れていることがわかります。
さて、最初の話に戻りたいと思います。長い歴史の中で「女の変身」に寄り添ってきたコスメですが、今までの「変身」ではなく新しい形での「変身」に寄り添うことをCMを通じて表明しています。このような変身ならいつでも大歓迎です。無罪どころか、起訴されることもないでしょう。今後はどのように驚きの変身が見られるか、とても楽しみです。