メディアとしての水族館 初体験の「鴨シー」を振り返る

M1の忠鉢信一です。今夏、初めて「鴨川シーワールド(以下、親しみを込めて鴨シーと記す)」を訪れました。そこで今回のフィールドレビューでは、メディアとしての水族館について考察を試みたいと思います。(画像は鴨川シーワールド公式ページから)

水族館は、アクセスが困難な自然環境に住む海洋・水生生物を間近に観察できる身近な公共の場所です。美的、教育的、科学的目標を持つ海洋環境の科学的モデル(Semczyszyn 2013)と言われていますが、「教育的娯楽施設」としての水族館が提供する科学教育は、その意図と矛盾しているとしても、野生生物の政治的利用である(Lloro-Bidart & Russell 2017)という指摘もあります。

メディアとしての水族館の特徴は水槽にあります。Evans(2020)によれば、水族館の水槽は映画のスクリーンと同様のフレーミング装置として機能し、本来は広大に広がっている空間に幾何学的な境界線をつくります。人間と水槽の中の生物の出会いには、動物園と同様、展示されている自然と人間との間に設けられた必然的な境界線があります(Montagne 2020)。

批判的なメディア研究は水族館を、権力の力学と文化的な意味を体現する「構築された空間」として捉えています。バンクーバー水族館のミズダコの展示の事例からは、ミズダコの捕獲と飼育が、暴力や支配の象徴であると同時に、ケアの実践を通じて人間中心的な階層構造を維持する牧歌的な権力の表れであると分析しています(Holmberg 2022)。新自由主義的なフレームを用いて、生態系を破壊する人間中心主義的資本主義を助長する文化的ナラティブと環境被害を覆い隠す沈黙を促進するメディアである(Mazurek 2017)と批判する議論もみられます。

これらの先行研究からは、水族館には娯楽だけでなく教育的な価値や機能が付与されている一方、現代社会の様々な問題が表出する場としても認識されていることが明らかで、そうした現代的な矛盾が交錯するメディア空間としての「水族館」が浮かび上がります。

現代的な矛盾のなかでもとくに社会問題として指摘されているのが、イルカなどの哺乳類がジャンプなどを披露するアトラクションです。現象学的研究は、そうしたアトラクションを体験する観客の解釈における複雑な相互作用を明らかにしています。

たとえばAmante-Helweg(1996)は、観客の属性や文化的背景が人間と動物の関係をどう認識し、イルカの行動をどう解釈するか、に大きく影響することを明らかにしています(Amante-Helweg 1996)。また、水族館や自然環境下でのイルカと一緒に泳ぐ体験の参加者が、イルカとの交流を擬人化によって解釈し、認知的不協和を経験していたことも明らかにされています(Curtin 2006)。ソーシャルメディアの分析からは、観客の快楽主義的な動機がイルカのアトラクションに関するデジタル空間の物語に影響しており、自分と似た意見や思想を持った人々の集まる電子的空間内でコミュニケーションが繰り返され、自分の意見や思想が肯定されることによって世の中一般においても正しく、間違いないものであると信じ込む、いわゆる「エコーチェンバー」効果が確認されています(Chen et al. 2024)。

これらの現象学的研究からは、観客がアトラクションを「インスタ映え」する娯楽として消費するのか、教育的な体験として利用するのか、それとも人間と自然の関係の象徴として批判の対象とするのかは、観客の文化的な背景やイルカに関する科学的な知識だけでなく、メディア空間において形成される国民感情や世論からも影響を受けることが示唆されます。異なるまなざしの交差点として水族館を捉えることで、動物たちとその観察者としての人間の相互作用が、社会的な文脈を含んだ意味や価値を生み出すことに気づきます。

今後も理論的な研究やゼミでの議論を通じて、様々なメディアについて理解を深めていきたいと思います。

参考文献

  • Amante-Helweg, V., 1996, Ecotourists’ beliefs and knowledge about dolphins and the development of cetacean ecotourism.
  • Chen, J., Shrestha, R.K., Gardiner, S., & Vada, S., 2024, “ #Dolphins: communication and engagement in marine mammal tourism attractions”. Asia Pacific Journal of Tourism Research, 29, 1333-1350.
  • Curtin, S., 2006, “Swimming with dolphins: a phenomenological exploration of tourist recollections” . International Journal of Tourism Research, 8, 301-315.
  • Evans, G. 2020, “Framing aquatic life”. Screen, 61, 169-190.
  • Holmberg, M. 2022, “Constructing captive ecology at the aquarium: Hierarchy, care, violence, and the limits of control”. Environment and Planning E: Nature and Space, 5(2), 861-880.
  • Lloro-Bidart, T., & Russell, C., 2017, ” Learning science in aquariums and on whalewatching boats: The hidden curriculum of the deployment of other animals”. Animals and science education: Ethics, curriculum and pedagogy, 41-50. Cham: Springer International Publishing.
  • Mazurek, J. E., 2017, “Fish used in aquariums: Nemo’s plight”. The Palgrave international handbook of animal abuse studies ,313-336. London: Palgrave Macmillan UK.
  • Montagne, Q., 2020, Seeing Eye to Eye, Through a Glass Clearly? Blurring the boundary between Humans and Animals.
  • Semczyszyn, N., 2013, “Public Aquariums and Marine Aesthetics”. Contemporary Aesthetics, 11, 20.