こんにちは、修士1年の清水将也です。主に国内のポピュラー音楽について研究しています。今回のフィールドレビューでは「Just the two of us進行」を基調とする「夜っぽい」楽曲が、なぜ昨今の日本音楽シーンで支持されているのかについて考えたいと思います。
Just the two of us進行とは?
Just the two of us進行とは、「Fmaj7→E7→Am7→Gm7→C7」を循環するコード進行のことをいい、日本では「丸サ(丸の内サディスティック)進行」として知られています。昨今ではYOASOBIの「夜に駆ける」やimaseの「Night Dancer」などネット発のアーティストを中心に広く使われており、「夜っぽいお洒落な曲」を作るときの定番コードとして支持されています。
数年前からYOASOBI、ずっと真夜中でいいのに、ヨルシカなど「夜行性アーティスト」が台頭してきたように、日本の音楽界では「夜」を歌う作品が支持されるケースが増えていると感じます。夜の楽曲が増えるということは、性質上「丸サ進行」の登場頻度も増えるということですが、しかしなぜ私たちはここまで「夜の歌」を、それも「どこか孤独で憂いているような夜の歌」を求めてしまうのでしょうか。
勿論、「丸サ進行」自体のパワーの強さ・お洒落さにより、何でも名曲っぽくなってしまう、それが人々にフックしやすいという技術的なマジックはありますが、ここでは「夜の歌」が拡散されるに至る、より社会的な背景について考えてみたいと思います。
丸サ進行の代表曲
概念的な話ばかりでは実感が湧かないので、分析に入る前に、「丸サ進行」を使ったヒット曲を幾つか紹介します。技術的なことはわからないと思うかもしれませんが、このコード進行の宿す独特の「夜っぽさ」を感じるのに、専門的な知識はいらないので、なんとなく聴いてみましょう。
改めて、代表例です。一聴しただけでも「都市のお洒落な夜」の雰囲気が感じられると思います。勿論、タイトルや歌詞、楽器使いなど多様な要素がこの「夜感」のきっかけとなっていますが、根幹にはこのコード進行に宿る独特の暗鬱さやお洒落感が存在しています。
Suchmos最大のヒットとなったこの曲も、丸サ進行をベースに作られています。歌詞もさることながら、やはり楽曲の雰囲気自体に独特の「夜感」があることがわかると思います。諸説ありますがこの楽曲のヒットが、2020年代の丸サ系・夜系ソングの隆盛のきっかけであるといわれています。
Vaundyが世間に知れ渡るきっかけとなった曲ですが、この曲もまた「都市の夜を一人お洒落に歌う」というこれまでの「丸サ進行」のフォーマットを継承した曲といえます。その証拠に、この曲は先述した「STAY TUNE」や同じく「丸サ」系統の曲であるSIRUPの「LOOP」の関連曲としてYouTube上で拡散されてきました。
これ以外にも「丸サ進行」を使った夜のヒット曲は無数に存在します。以下はその具体例です。
・水星/tofubeats
・キラーボール/ゲスの極み乙女
・愛を伝えたいだとか/あいみょん
・琥珀色の街、上海蟹の朝/くるり
・東京フラッシュ/vaundy
・Pop virus/星野源
・夜に駆ける/YOASOBI
・春を告げる/yama
・Night dancer/imase
・overdose/なとり
これらの楽曲はコードを組み替えて使っているものも多いですが、やはり丸サ進行に宿る独特の「夜感」がヒットに大きく影響しているといえます。
なぜ夜系ソングは求められるのか?
ここからは個人的な考察ですが、なぜこのように「丸サ進行」由来の夜系ソングが、特に2010年中盤以降ヒットするようになったのでしょうか。主な社会変化を取り上げながら、その背景について考えてみます。
①YouTubeの普及と夜系ソングとの相性の良さ
2010年代に入ってYouTubeが普及するのに伴い、私たちは「あなたへのおすすめ」という形で楽曲と出会うことが増えてきました。従来のテレビなどの「大衆化」された場所と比較して、YouTube上での音楽体験はより「個人的」なものであるといえます。仮に何となく音楽を探したり、MVを漁る行動が「夜に、一人で」行われやすいのだとしたら、このような「丸サ」由来の夜系ソングにハマる人が増えることには納得感があります。
②コロナ禍でのコミュニケーションの断絶と暗鬱性
2020年代のコロナ禍が人々の更なる「孤独化」や「関係性の断絶」を招いたことは周知の通りですが、これも以降の丸サ系ソングの普及に大きく影響したと考えられます。例えば、コロナ初期には集団での活動が停滞し、「個人」での音楽制作が一般化していきました。これは「作り手」の孤独感に繋がったといえますが、時代への不安感や暗鬱性と相まって、モチーフとしての「夜」の重要性を高めたのではないかと考えられます。またリスナーサイドもYouTubeに加えTikTokを使う中で、「夜中に、一人で」的な音楽体験をより増やしていったといえます。このような作り手・聴き手双方の「孤独的」な体験の拡散や、時代の不安感・暗鬱さの中で、「夜感」ある楽曲が支持される流れが生まれたのではないでしょうか。
以上、長くなってしまいましたが、昨今の「丸サ系夜ソング」の普及に対して、個人的に考えていることを書いてみました。 音楽は単に娯楽として消費することも可能ですが、このように分析対象として見ることで、背景にある「私たちの生活」や「社会変化のあり様」についても考えることができます。今回は簡単な考察にすぎませんが、皆さんも自分がハマっている曲について一段深く考えてみると、色々と見えてくるものがあるかもしれません。