『揺さぶられる正義』:弁護士記者による裁判報道への挑戦

今回のフィールドレビューは博士課程の馬琳が担当いたします。少し前のことになりますが、9月に見たドキュメンタリー映画『揺さぶられる正義』についてお話ししたいと思います。

皆さんは「揺さぶられっ子症候群(Shaken Baby Syndrome、SBS)」という言葉を聞いたことがありますか?それは、乳幼児を前後に激しく揺さぶることで、脳内に硬膜下血腫、脳浮腫、眼底出血などの症状が引き起こされるものです。日本では2000年代後半から、乳幼児にこれらの症状が見られた場合、落下事故など明確な理由がない限り、揺さぶりによる虐待の疑いが強いと診断されるようになりました。厚生労働省の「子ども虐待対応の手引き」(2013年改定版)においても、乳幼児の硬膜下血腫の原因として、保護者による虐待を考えるべきだという指示がなされていました(2024年改訂版では削除)。

しかしその一方で、乳幼児の日常的な転倒などでも同様の症状が生じうるとの医学報告もあります。つまり、これらの症状があるからといって、必ずしも虐待が原因とは限らないのです。こうした背景のなか、2010年代からSBS事件での逮捕が増え、その中には冤罪事件も含まれています(映画のパンフレット参照)。『揺さぶられる正義』は、まさにこのSBSにまつわる冤罪をテーマにした作品です。

本作の監督を務めたのは、関西テレビの記者・上田大輔さんです。上田さんは企業内弁護士として入社後、報道部門へと異動した異色の経歴を持っています。彼が8年にわたって取り組んできた調査報道<検証・揺さぶられっ子症候群>シリーズをもとに、本作は映画化されました。映画では、SBSの疑いで逮捕された四つの事件が取材されています。逮捕された当事者やその家族だけでなく、虐待から子どもを守ろうとする医師、冤罪をなくそうとする弁護士。それぞれの場にある人々の正義が裁判を通じて激しく衝突するなか、誰を信じるべきか葛藤する上田監督自身の姿が、本作ではリアルに映し出されています。

本作で最も興味深く感じたのは、弁護士記者としての上田さんが、これまでの犯罪報道のあり方を真っ向から反省している点です。特に印象に残っているのは、上田さんが過去のSBS事件の容疑者逮捕のニュースを、あえて当事者本人に見せて感想を求めるシーンです。上映後のトークショーや映画のパンフレットでも、上田さんはこの点にも触れていました。現在の逮捕報道は実名と顔出しが原則です。逮捕直前の表情と言葉が映し出され、その映像のインパクトの強さから、視聴者は最初から「この人は悪いことをしたんだ」と思い込んでしまいます。実際、この先入観は上田さんの当事者取材を困難にするだけでなく、無罪が証明された人から「逮捕時のニュースについて謝ってほしい」と詰められることもあったそうです。一度植え付けられた「犯人」というイメージを拭うことがいかに難しいか、報道の暴力性を突きつけられるエピソードでした。このような問題点を意識しつつ、上田さんが試みたのはSBS事件の裁判報道でした。すなわち、安易な正解を提示するのではなく、裁判という「正義が衝突する場」に身を置き、自らも揺れ動きながら記録し続けること。そこからは、情報を発信する報道側が求めるべき「正義」とは何なのかという、重い問いも突きつけられているように感じます。

私にとって、非常に多くのことを考えさせられた映画でした。ぜひ皆さんにもお勧めしたいです。ご興味のある方は、映画ホームページの上映情報をチェックしてみてください!