こんにちは。修士課程2年の清水将也です。ポピュラー音楽と社会の関係性に関心があります。
今回は、メディアの変遷と恋愛ソングの関係性に焦点を当て、各時代の最新技術を歌詞に取り入れた楽曲について考察します。ここでは、1990年代のポケットベル(ポケベル)、2000年代の携帯電話、そして2010年代以降のスマートフォンが、各時代の恋愛ソングの中でどのように描かれてきたのかについて、見ていきたいと思います。
①『ポケベルが鳴らなくて』/国武万里(1993年)
1993年にリリースされた国武万里の『ポケベルが鳴らなくて』は、ポケベル普及期の恋愛を象徴する楽曲です。1990年代前半に普及したポケベルは、公衆電話から個人にメッセージを送信できる画期的な機器であり、当時の女子高生を中心に、友人や恋人とのコミュニケーションに大きな変化をもたらしました。
ポケベルが鳴らなくて
恋が待ちぼうけしてる
ねえ あなたは今どこで
何をしてるの?
本曲では意中の相手からの連絡を待ちわびる悲恋の心象が描かれています。ポケベルの普及により、自宅の固定電話に連絡をするのと異なり、恋愛的なコミュニケーションがよりプライベートに行えるようになったことで、連絡を待つ間の焦燥感や期待感が強調されるようになったと考えられます。
②『CHE.R.RY』/YUI(2007年)
2007年にリリースされたYUIの『CHE.R.RY』では、メールを通じた恋愛の駆け引きの模様が描かれています。2000年代に入り、ガラパゴス携帯(ガラケー)と呼ばれるほどに多機能化した携帯電話ですが、なかでもメールは、絵文字のバリーエーションや返信のタイミング等による、恋愛の多様な駆け引きを可能にしたといえます。
返事はすぐにしちゃダメだって
誰かに聞いたことあるけど
駆け引きなんてできないの
(中略)
星の夜願い込めてチェリー
指先で送る君へのメッセージ
本曲が、メールでのコミュニケーションならではの甘酸っぱい恋愛の心象を歌ったことが支持されたのは言うまでもありませんが、個人的には、本曲の「夜空」の描き方に現在との違いを感じます。作中では、メールを「星の夜」に向かって送信するようなイメージが描かれていますが、こうした送信の感覚は、トークルームが箱的に用意された現代のチャットの感覚とはやや異なっています。また扱える情報量が現在ほど多くないためか、本曲の「夜空」には、どこか情報量的に澄みわたった、純度のある空気感が感じられます。
③『浮気されたけどまだ好きって曲。』/りりあ。(2020年)
2020年にリリースされたりりあ。の『浮気されたけどまだ好きって曲』では、SNSを通じた現代的な恋愛のあり様が描かれています。2010年代以降、スマートフォンの普及に伴い、人々のコミュニケーションもメールからLINEやInstagramといったSNSに移行していきました。
匂わせのストーリーが更新
携帯片手に放心
見なきゃよかった
(中略)
最近構ってくれないのは
あいつがいたからなんだね
今日もあたしからのLINE
本曲では「君」の最新の状況を、「匂わせのストーリー」、つまりInstagramの「ストーリーズ」で知り、それに対する一方的な言及をLINEで行うという、二つのアプリにまたがったコミュニケーションのあり様が描かれています。現代ではLINE、Instagram、TikTok、BeRealなど各アプリ上でリアルタイムに異なる自己を表現することが一般的となっていますが、こうした「分人」的なメデイア環境では、恋愛の駆け引きもいっそう忙しなく、また多面的なものになると考えられます。「君」への連絡を、InstagramのDMではなくあえてLINEで試みるあたりに、メデイアの性質に左右される恋愛のスタイルのあり様が見て取れます。
まとめ
以上、今回はポケベル、携帯電話、スマートフォンそれぞれのコミュニケーションに着目し、JPOPの歌詞に表れる恋愛のスタイルの変化について簡単に考察してみました。こうしてみると各時代のメデイアによって恋愛のスタイルは実際に一定の影響を受けていたといえます。
一方で、いずれの楽曲も意中の相手を「待つ」ときに生じる心象の機敏は似通っており、根本的な恋愛のあり様はさほど変化していないようにも感じられます。こうしたことは、同時代の楽曲をもっと集めたり、これ以前の時代の楽曲も踏まえてみると、いっそう的確に分析することができそうです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!