出演者の視点から考えるドキュメンタリー

こんにちは、修士2年の堀越です。今回のフィールドレビューでは昨年12月、修士論文の調査のために行った高知での経験について書きたいと思います。

私の研究は、テレビ・ドキュメンタリー制作がその出演者をどのように力づけることができるのかという問いを、出演者と制作者へのインタビューを通じて明らかにするというものです。具体的な対象として選んだのは2016年6月に放送されたNNNドキュメント『汚名 放射線を浴びたX年後』という番組です。

この番組は、第五福竜丸事件のみに矮小化されてしまっている、1940~60年代に太平洋沖でアメリカによって繰り返された原水爆実験による被害の実態を掘り起こした『放射線を浴びたX年後』シリーズの1つで、シリーズはテレビの枠にとどまらず映画化もされています。

『汚名』では主人公の川口美砂さんが若くして亡くなったマグロ漁師の父の死の原因として、核実験による被ばくが影響していた可能性に気づき、元マグロ漁師や遺族への聞き取りなどを行なってそれを明らかにしていきます。

高知での調査では番組のディレクターである伊東英朗さんへのインタビューだけでなく、川口さんが登壇する上映会にも同行させていただきました。それは、伊東さんが運転する車に、番組で音声を担当した方、川口さん、そして番組にも登場する妹の美樹さんが乗り込み、プロジェクターとスピーカーとスクリーンとなる白布を積んで、3日で3つのまちをめぐる上映巡業の旅でした。

上の写真は、川口さんの父・一明さんの生まれ故郷で、川口さんも幼少期の短い間過ごしていた大月町樫ノ浦という小さな集落の集会所で開いた上映会で川口さんがスピーチをしているところです。この上映会は川口さんが企図し、伊東さんがそれに協力するという形で実現したものだと言います。当時の一明さんを知っている方も観に来ていて、川口さんは「父の姿をまた見てもらえてうれしい」と、涙を湛えながら語っていました。

インタビューのなかで川口さんは「この作品に出会ったことで、自分で考え、行動する力ももらった」と話します。実際、川口さんは撮影で知り合った元漁師の「おんちゃん」(高知の方言で、「おじさん」に親しみを込めた言い方)たちの労災申請を支援する活動や、地元の室戸市で歴史の闇に埋もれたこの事件を共有するために地域紙「おんちゃん新聞」の発行や、今回のように市民上映会にトークゲストとして参加して自らの体験や思いを語る活動などを行なっています。

『汚名』は、ドキュメンタリーに撮られることで出演者の意識と行動が深まり、撮る側と撮られる側が協働して社会に働きかけていくという、これからのテレビ・ドキュメンタリーのあり方の1つの指針を示しているのではないかと思います。