清里現代美術館に行ってきました

今回のフィールドレビューは、修士課程の井波が担当させていただきます。 先日訪問してきた、清里現代美術館についてご紹介したいと思います。

清里現代美術館とは

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高原野菜で有名な山梨県の清里にある「清里現代美術館」は、1990年にオープンした個人美術館です。オーナーで館長である伊藤さんが1970年頃から現在までに集めた現代美術作品と資料を展示している施設です。

コレクション

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「本館」は2階建て構造になっており、作品のために設計された10の展示スペースがあります。ヨーゼフ・ボイスをはじめ、マルセル・デュシャン、ジョン・ケージ、アーノルフ・ライナーなど世界的な現代美術作家の作品を資料とともに紹介しています。量・質とも、個人美術館とは思えないコレクションで、現代美術好きには1日中見ていても時間が足りないくらいの内容でした。

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また1960年代のアメリカでジョージ・マチューナスが主唱して起こった前衛芸術家運動、フルクサスの常設展示室があるのは、日本ではここのみ。その影響を受けたハイレッド・センターの展示も併設しています。

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館内では展示内容に関連する音楽や音声がBGMで流れていたり、映像作品や現代音楽の常設展示もあったりと、視・聴・覚、さまざまな視点で現代美術を楽しめる仕掛けが散りばめられています。

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「新資料室」には、図録・雑誌・レゾネといった図書や展覧会ポスター・DMなどのいわゆる二次資料・三次資料にあたるものや、デジタル・アーカイブ閲覧端末を見ることが出来ます。 新資料室について、公式ウェブページには下記のように記載されています。

『 “難解” ”わからない”としばしば言い放たれる現代美術作品。(中略)わからないままにでも、そこに視覚や聴覚を集中させて、見たり聴いたり、あるいは考えたりするなら、きっと理解の糸口は得られるに違いありません。また作品に対する知識がなくても、直観や感覚で作品を鑑賞することは古典美術同様、鑑賞の基本的姿勢です。更により深い理解や解釈に行きつこうとすれば、作家や作品に関する多少の知識が必要になるのは当然です。それらに関するものが、作家自身、ギャラリー、美術館、研究者等が製作した関連資料類です。この新展示室には、それらが、ところせましと展示されています。古典作品では考えられない膨大な資料が背後に存在するのが現代美術の世界なのです。(中略)しかしながら、一般の人がそれらの美術資料を目にする機会は、実際にはれまでほとんどありませんでした。そうした資料の存在を人々に知らせ、また収集して活用を図るのが、美術館や資料センターの本来の役割ですが、この十数年間そうした指摘を受けながら、状況の進展はほとんどなかったように思われます。事実国内の美術館で広範な資料収集に取り組むところは現在でもほぼ皆無で、わずかに美術館併設の美術図書室が辛うじてその役割の一部を担っています。その状況は、現代美術の一般への普及が進展しないこととまさに並行しているように思います。本館のこの新展示室の設置は、その意味では、状況への警鐘であり、また現代美術資料活用への端緒を開くものと言えるでしょう。』

2000年頃までは、大規模な美術館の展覧会でも、作品に解説キャプションが付いているだけで、作家がどのような時代背景に影響され、どのような試行錯誤を経て、作品を制作したのか、というところの言及が文字でしかされてきませんでした。

しかし近年の展覧会は、作品に関連する実物資料が展示されることが多くなりました。これは近現代美術研究がようやく確立した時代になってきたことであると言えますが、その間にメモ・素描・写真などといったような二次資料・三次資料は作品よりもはるかに軽薄に扱われ、失われた物が多いことも事実です。一部のコアな研究者やコレクターによって保存されていたような資料が常設展示されるということは上記コメントにあるように貴重であり、率先してそのような資料の重要性を言及してきた清里現代美術館の姿勢は先進的であったと思えます。

インタビュー

学芸員の伊藤さんに現代美術についてレクチャーしていただきました。

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「モノを見る」というのがすべての基本です。自分が徹底して動かないと見えるものも見えてこない。見えるものを見ていると見えないものが見えてくる。

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そこに黒い絵が1枚あります。離れてみると黒い色が見える、四角が見える、囲いのような線が見える、それだけだと思うんですけど、近づくと、フレームが繋がっているようで繋がっていない。この絵は右の二辺が左の二辺より低く作られているんです。そして遠くからだと立体的な奥行きも見えてこない。いろんなものが近づいたり離れたりすると、見えたり見えなかったりする。だからものは単純に見えたり見えなかったりするのではなくて、いろんなものの影響受けて見えたり見えなかったりする。それを克服するためには自分が動かない限りものは見えてこない。つまり普段は見たつもりでいるだけで、実は見ていない自分が見えてくるわけです。

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この美術館は壁ひとつ並行しているところがないんです。当然と思っています、壁は並行していて、直角で交わっているものだと。ところがこの建物は直角の場所もひとつもないんです。

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現代美術というのは、一生懸命見ると面白いんです。 感嘆詞がどんどん、「えーっ!!」とか「あーっ!!」とか出てくるわけです。現代美術というのは、そこまで自らが動いて、初めて楽しめるものなんです。要するに勉強だけやっていたんじゃ楽しめないんです。

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美術館っていうのは、「見る力をつける場所」です。居心地が良い場所に居続けると見る力が落ちてくるわけですから、驚いて引き下がったり、興味抱いて前のめりになったりして、動かない自分を動かす機会、これが「わからないものを見る作業」なんです。だけれども日本の半数以上の人は「現代美術はわからない」と言って見ない。止まったままなんですよ、時代は動いているのに。だから現代人は元気がない。そして「わからないのもを見る作業」は学校教育の中でも全く機能していない。

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現代美術というのは、社会と密接につながりをもっているのが特徴なんです。 例えば、ヨーゼフ・ボイスは「社会の資本はお金ではなく考えること」という信念を持ち、その考えることを実社会の中に幅広く広げる努力をしました。だからボイスはあちこちで何回も若者を対象に討論会を開いて、社会に揺さぶりをかけるような作業や論争を起こしている。ゆえにボイスは現代美術の戦後最大の芸術家といわれているのです。

デジタル・アーカイブ

また現代美術のデータベース・アーカイブを単独で作り上げていることも、この美術館の特徴です。私はアーカイブの研究を専門としているので、兼ねてから詳しく拝見したかったアーカイブでした。作成している伊藤館長に、デジタル・アーカイブについて、様々ご指導頂きました。

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ソフトウエアにはエクセルを使用し、汎用性や拡張性、操作性を盤石にしているそうで、エクセルには最大30万件の項目を付けられるとのこと。作品・映像・音声・図録・ポスター・展覧会チラシ・DMなど、国内・国外を問わず40年間に渡り収集した資料をデジタル化し、作家作品リスト、展覧会リスト、文献リスト、美術館の展覧会歴などの項目にわけてリスト化されており、総項目数は約5万件。紙資料はもとより、映像・音声もエクセルからのリンクで再生でき、データはポータブルハードディスク1個とコンパクトに格納されています。

このシステムの閲覧は、清里現代美術館内でのみ閲覧可能なインナーアーカイブとなっていますが、ぜひなんらかの形で日本中の美術館が連携して共同構築すれば、瞬時に、拡張された巨大なアーカイブが出来るのではないかと思えました。

終わりに

今回この美術館を訪れたのは、その展示内容や活動に以前から興味があったということだけではなく、今年中に閉館する計画との情報が新聞などでアナウンスされたからでした。美術館や博物館は未来永劫存続し続けるようにも感じますが、個人美術館となると様々な事情を抱えているようです。閉館の件を館長に伺ったところ、閉館日時に関してはまだ決定はしていないが、早ければこの8月で閉めるかもしれない、とのことでした。閉館についての詳しい内容や閉館後の作品の行方などはオフレコーディングのことも有りますのでこの場では伏せさせていただきます。

今できることは、閉館してしまう前に清里現代美術館を訪問し、その目に焼き付けることだと思います。この夏、ぜひ自らの足で訪れて、世界的な現代美術作品の世界に飛び込み、ぶつかり、見る力をつけるのはいかがでしょうか。

<清里現代美術館>
場所:山梨県北杜市高根町清里3545-3519(JR小海線清里駅から徒歩10分)
TEL/FAX: 0551-48-3903
開館日:3月~12月まで無休 開館時間:4月~11月: am9:00〜pm6:00
入館料:一般800円 中学生以下400円(消費税含む)