今年も暑い夏が過ぎていきました。今回のフィールドレビューでは、修士課程の瀬尾が、被爆体験の伝承の形について考えてみたいと思います。
少し前のことになりますが、NNNドキュメント’13『伝承者 あの日を知らない語り部たち』(広島テレビ制作、8月11日深夜)を興味深く拝見しました。このドキュメンタリーには、広島で2012年に始まった被爆体験伝承者の養成事業における取り組み、そして、伝承者を目指す被爆2世たちの「あの日を知らない世代が語り部になることができるのか」という葛藤が描かれています。
私が印象に残ったのは、差別されることを恐れた親から、広島出身であることを隠すように言われてきた被爆2世の男性の姿です。
男性は、ある被爆女性の体験を伝承していくために、女性とともに広島の町を歩いて体験を聞いていく中で、過去の記憶を思い出していきます。そして、ふいに子ども時代に聞いた盆踊りの音頭を歌い出すと、被爆女性はうなずきながら「あなたも広島の人じゃなあ」。男性の目には涙が浮かびました。遠い存在であった広島、そして被爆が、あの日を知らない世代のこの男性の中に、内在化した瞬間のように感じられました。
私はこの番組から、広島市原爆資料館での「被爆再現人形」撤去問題を連想しました。資料館側は「実物中心の展示に切り替えるため、原爆の実相に近づけるため」に人形を撤去するということで、2013年3月に実施計画を決定しました。しかし、原爆の悲惨さを強烈に伝える再現人形の撤去に対して、反対の声は強まっているそうです。
誰が、そして何が、原爆という出来事を伝承することができるのでしょうか。確かに被爆者の生の声や実際の資料は大切ですし、資料館側の意図や経緯、事情もあるのでしょうが、『伝承者』を視聴した後の私には、実体験や実物であるということにこだわるのではなく、どれだけの思いで語り直され、創作されているのかと考えることの方が大切であり、伝承につながっていくのだと思えるのでした。
<2012年7月に撮影した原爆ドーム>