みなさん、こんにちは。今回のフィールドレビューは、修士1年の木谷有里が担当させていただきます。さて、日ごとに寒くなってきましたが、「できればずっとこたつから出たくない」と思われている方もいらっしゃるのではないでしょうか。そんな時こそ、暖かい部屋で読書を楽しんでみられてはいかがでしょう。今日は私の研究領域から一冊、本を紹介したいと思います。
今日ご紹介したいのは、Edgerton, R. Gary, and Peter C. Rollins.(2001).Television Histories: Shaping Collective Memory in Media Age. The University Press of Kentucky. という本です。
和訳してみると『歴史家としてのテレビ―メディア時代における集合的記憶の編制』といったところでしょうか。これは「歴史学者などと同じく、テレビも、人々の歴史意識、つまり集合的記憶を形作る歴史家なのだ」という主張を集約したタイトルだといえます。
この本は「テレビがいかに集合的記憶を形作っているか」ということを、16人の論者が、各々、個別具体的な研究から考察しているものです。その際、各論文は、分析対象の種類や分析視座の異同により、以下の4つのいずれかのパートに分類されています。
①プライムタイムに放送された、過去を舞台にしたドラマに関する論考
②歴史的事象や人物を扱ったドキュメンタリーに関する論考
③ニュースや報道番組を、歴史の一次資料として利用することに関する論考
④テレビの制度や産業的側面、メディア環境全体におけるテレビの布置に関する論考
今日は、この中でも特に興味深かった①プライムタイムに放送された、過去を舞台にしたドラマに関する論考を紹介したいと思います。このパートにある4つの論文ではいずれも、人々の過去イメージ(集合的記憶)の形成に関わる重要なものとして、テレビドラマが分析されています。
例えば、アメリカのABCテレビで放送された『The young Indiana Jones Chronicles[インディージョーンズ](1991-1993)』やNBCで放送された『Quantum Leap[タイムマシーンにお願い] 』といった番組が取り上げられています。
ちなみに、前者のインディージョーンズは、(架空の)考古学者インディアナ・ジョーンズを主人公にしたあの有名な映画『インディージョーンズ』のテレビ版です。このテレビ版では、インディーの若かりし日々が描かれています。
一方『Quantum Leap』は、主人公サムが、突然歴史上のどこかにタイムスリップしてしまい、その時代の誰かになり、その時代の人々を助けるというサイエンス・フィクションとなっています。このように、①において分析対象となっている番組は、いずれも「フィクション(作り話)」であり、プライムタイム(日本でいうゴールデンタイム)に放送されたドラマです。
「こんな作り話が、人々の歴史意識や歴史理解を形作るわけがない」と思われた方もいらっしゃるかも知れません。しかし、こうしたドラマは本当に、人々の過去理解や過去意識と関係ないと言い切れるでしょうか。確かに論者の一人であるSteve Andersonも、「実際に、架空のストーリーがどれほど歴史意識を形成しているのかということを測定するのは難しい」と言っています。
しかし、彼は続けて「そういった架空のストーリーも集合的記憶の一端を担っており、歴史表象の一部である以上、歴史学的言説のみを扱っていては、様々な様態の歴史情報が、文化的に広まり編制される際の、多様な様態を考察できないのではないか」と問題提起しています。
では、ここで実際の番組分析の例から、「フィクション」と歴史イメージの関わりについて見ていきたいと思います。ここでは、収録論文の中から、Robert Hankeの『Quantum Leap』の分析を取り上げます。先ほども、少し触れましたが、『Quantum Leap』で主人公は突然、1950年代後半~60年代にタイムスリップし、その時代に生きた誰かになり、その時代に生きた人々を助けます。
例えば、主人公は、時にベトナム戦争における奇襲隊員、時にケネディを暗殺した犯人の共謀者、またある時には、フェミニスト活動家である中年女性などにリープします。この際、メイン・ストーリーは、架空の恋愛物などですが、ストーリーの背景には、人種差別問題やベトナム戦争、フェミニスト運動の興隆など50年代~60年代のアメリカが色濃く反映されています。ストーリー自体は「フィクション」であっても、実際に起きた出来事や当時の社会情勢などが織り込まれている以上、これらもある意味で人々の歴史意識に影響を与える集合的記憶の一端を担っているのです。
こうして見ていくと、数々のドラマにおいて、話からセット、衣装に至るまで創られたものだとわかっていても、何となくそれが、その時代のイメージになっているということはありませんか。例えば、江戸時代と聞くと、大河ドラマなどで見た侍や屋敷のイメージが湧いてきたりしませんか。実際、大河ドラマなどは、作られた脚本に基づきつつ、歴史学者たちによる時代考証を経たものであり、「史実の忠実な反映」でも「非歴史的なもの」でもありませんが、「歴史的イメージ」を創る一要因だと考えられます。
このように、この書籍の第一部では、テレビドラマも人々の過去イメージ(集合的記憶)に影響を与えるものの一つだということが示されています。私は修士論文で、「テレビによる歴史イメージの形成」を考察しているのですが、分析を進める上で、フィクションであるテレビドラマも排除することなく取り込んでいきたいと思っています。