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地上波TVネットワークの形成史とは

作者: Ito Shuji | 2011年8月15日Posted in: フィールドレビュー

第2回目のフィールドレビュー、担当は修士課程1年の伊東秀爾です。今回は、私の自己紹介欄にも記されている、研究テーマのことなどについてお話ししたいと思います。まずは、研究対象である“日本の地上波テレビの放送ネットワーク”というものがどのように出来上がってきたのかについて、簡潔にご説明したいと思います。

日本において地上波テレビ放送のシステムは、全国展開する5つの民間ネットワーク(NNN、JNN、FNN、ANN、TXN)とNHKとともにテレビ放送制度のまさに根幹として存在し続けてきました。80年代後半に生まれた我々の世代にとってみれば、この体制はもはや自明の理の如く存在しているといっても過言ではありません。

ですが、その全国的なネットワークは、テレビ受像機の普及とともにすんなりと展開されていったものではありませんでした。1953年2月1日のNHK東京テレビジョン開局をもって日本のテレビ放送は始まりましたが、現行の体制が完成をみたのは97年4月の山形・さくらんぼテレビと高知さんさんテレビの開局時(全国ネット非加盟の独立系局も含めれば99年4月のとちぎテレビ開局時)であり、実に半世紀近くの期間を費やしているのです。それでも完全なネットワークが形成されたとはいえず、県によっては未だに民放局が2つしかないところも残っています。 

しかも、その過程においては各地で激しい“陣取り合戦”が繰り広げられました。その内実がいかなるものであったか、それが本研究のおそらく最大の注目点です。

各地方の民放局にとって、開局時に東京のどのテレビ局の番組を放送するか、イコールどの局との間にネットワークを構築するかということは経営上非常に重要な問題でした。すんなりどこか1局とネットを組めた局もありますが、当初2局以上と組み、次第にテレビ局が増える中で消去法的にどれか1つと組むことになった局、はたまたライバル他局との間で公然と抗争を巻き起こしてまでネット局を組み替え現在に至る局など、程度の差はあれど紆余曲折を免れない歴史をたどってきたテレビ局も少なくないのです。そしてその経緯には、必ずと言っていいほど、その地域毎の政治や経済の構造(有力者同士の結託あるいは衝突etc.)、中央=東京(旧郵政省や新聞・ラジオなど既存のマスコミ)との力関係が深く関与していました。

その実態はいかなるものだったのか。我らが学際情報学府ではテレビ番組などの内容分析がとても盛んですが、その足元には上記のような政治・経済的な文脈があるのだということを改めて捉え直す意義は大きいのではないかと考えています。

上記のようにして進んだ日本の地上波テレビのネットワーク化ですが、私はその過程について、明治期からの電信や鉄道のネットワークの拡大のあり方とつながるところがあると考えています。そもそも、郵便も電信も鉄道も、そして放送(ラジオ)も、全てはもともと旧逓信省の所管で一手に握られていたことを考えると、その間の連続性を考えないわけにはいかないと思っています。

このテーマは実のところ、先行研究が多くはありません。まだテレビ放送ネットワークの体制が黎明期の段階にあった1965年に発表された、高木教典の『日本のテレビ・ネットワーク:アメリカとの比較において』などがありますが、件数としてはあまり多くはなく、しかもほとんどが60〜70年代頃のものです。地方局の事例について深く研究されたケースとなると、さらに数は限られます。

まずは以上のような先行研究、あるいは各放送局の社史、関連する記事が掲載されている新聞・雑誌などの文献を読み込むことから具体的な研究に着手することにしていますが、当事者だった方から可能な限りインタビューをとり、よりディテールの増した研究にしていきたいと考えています。これからが勝負です!

今回はこのあたりで失礼致します。次回のフィールドレビューは8月終わりを予定しております。修士課程1年、粟屋さんが担当です!