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アーキビストなしのアーカイブ、その作り方

作者: Matsumoto Atsushi | 2018年4月25日Posted in: フィールドレビュー

今回のフィールドレビューは、博士課程の松本がお届けします。ここでは、東日本大震災後に仙台市内ではじまった2つの市民参加型アーカイブの取り組み、また、それに関連する各書籍をご紹介します。

『コミュニティ・アーカイブをつくろう!』表紙 イラスト:homesickdesign

東日本大震災を契機として、被災者みずからが街や暮らしの変化を記録に残したり、残した記録を利活用するという活動が、東北の複数の現場で展開されています。松本はそれらの試みを“アーカイブという仕組みづくりをつうじた批評的メディア実践”と捉え、記録物(モノ)と参画者(人)との相互の働きかけによっていかにプロジェクトがデザイニングされていくのか、いかに参画者のものの見方やヴィジョンが変容・深化していくのかという、そのプロセスに関心を持っています。

仙台市内を拠点とした2つのアーカイブづくりの取り組みが、今年に入ってからそれぞれに書籍を刊行しました。1つ目は、「せんだいメディアテーク」という公共施設内に開設された「3がつ11にちをわすれないためにセンター」というプラットフォームの奮闘記です。2つ目は、「3.11オモイデアーカイブ」という市民団体が、「震災以前と今」「震災以後と今」といった2つの異なる時間軸を接続させながら、まちの移り変わりの様子をまとめた定点記録集です。この3月で震災から7年が経過しました。この2つの書籍は、読者に何を訴えかけているのでしょうか。

 

コミュニティ・アーカイブをつくろう! せんだいメディアテーク「3がつ11にちをわすれないためにセンター」奮闘記

共著:佐藤知久/甲斐賢治/北野央、発行:晶文社、2018年

 『コミュニティ・アーカイブをつくろう!』pp.324-5/はじまりのごはん

3がつ11にちをわすれないためにセンター」(以下、わすれン!)とは、震災による甚大な影響に対し、ともに向き合い考え、復興への長い道のりを歩きだすため、2011年5月3日に設立された、市民に開かれたアーカイブをつくるためのプラットフォームです。公式webサイトには、「市民、専門家、スタッフが協働し、復旧・復興のプロセスを独自に発信、記録していくプラットフォームとなるこのセンターでは、映像、写真、音声、テキストなどさまざまなメディアの活用を通じ、情報共有、復興推進に努めるとともに、収録されたデータを『震災の記録・市民協働アーカイブ』として記録保存しています」とあります。

『コミュニティ・アーカイブをつくろう』(以下、わすれン!本)には、わすれン!がいかに設立され、どのような立場の人びとがどのように関わっていったのか、どのような仕組みが整えられていったのか、託された資料がどのように利活用されていったのか、これまでの成果や現在の課題はどこにあるのか等々が書かれています。「とにかく誰もが参加しやすいプラットフォームをつくること、アーカイブ活動への人々の関心、楽しみ、学びを大切にすること、それらを淡いコミュニティ的なかたちで育んでいくのがいいのではないか」(「おわりに――コンヴィヴィアルな道具へ」p.365)というメッセージが印象的でした。

『コミュニティ・アーカイブをつくろう!』pp.348-9/くろい音楽室「ローカルレコード feat. レコ袋」展


3.11オモイデアーカイブ(定点記録集) 

企画・編集・制作・発行:3.11オモイデアーカイブ、2018年 写真提供:3.11定点観測プロジェクト

『3.11オモイデツア―』表紙 イラスト:佐竹真紀子さん

3.11オモイデアーカイブ(以下、オモイデアーカイブ)とは、津波被災した沿岸部を巡ることで交流を図る「3.11オモイデツア―」や、3.11のあとにはじめて食べたものの記憶を分かち合う「3月12日はじまりのごはん」など、被災の当事者、非当事者といった違う立場を違うままに包摂しながら、まちや暮らしの記録・記憶を残し、次代に伝えようとする市民団体です。webサイトの「活動ポリシー」には、「3.11オモイデアーカイブは、特定のアーキビストによる保存作業に終わらない、みんなで編集しみんなで活用する『記憶を育て続けるアーカイブ』に取り組みます」とあります。

オモイデアーカイブが制作した定点観測誌『3.11オモイデアーカイブ』は、震災以前のまちの風景、震災直後の風景、震災から数年後の風景というように、同じ場所が撮り重ねられています。場合によっては、各写真の撮影者も異なります。団体の代表・佐藤正実さんは本書の特徴を「震災後、定点で撮影された写真のみでなく、震災前のまちの様子と現在を比較する写真も含めて、<震災アーカイブ>と<地域アーカイブ>が一冊の記録誌としてまとめられていることです」(あとがき部分)と述べられています。

『3.11オモイデツア―』p.44-5/仙台市宮城野区福田町(左)、同区蒲生(右)

『3.11オモイデツア―』p .82/エッセイ「アーカイブ」を書き換える(寄稿:松本篤)

クラウドファウンディング「READY FOR」をとおして本書が制作され、支援者に頒布されたという経緯も、ゆるやかなコミュニティのあり方の可能性を示唆する、非常に重要なポイント。

アーカイブをつくる専門家のいないこの2つの取り組み、および、その活動の成果物としての書籍から、私たちはどんなことを学ぶことができるでしょうか。風景を失うことが、風景の不在を埋めようとするもうひとつの風景を現在に生み出しているーー、そんな有り様から松本が受けとったのは、“複数の参画者の興味関心がそれぞれに保たれたままに、共に集うこと”、そのかけがえのなさでした。誰かの残した記録を観るという行為は、一時的にでも、自分とは異なる他者の視点を借り、それをたどることです。そして再び、自分という存在に戻ってくることです。異なるものの見え方の間を往来すること、それは自分自身が“メディア”として活性化する営みに他なりません。

これらの取り組みは今後、震災を直に経験していない次代にいかに受け継いでいくかといった課題と向き合うことになるでしょう。記録を撮ることによって“獲得された当事者性”は、 記録を読むことによっても獲得されるべきものだと、松本は考えます。読むということの中にある、書くということ。recorder(記録者)と同様、player(再生者)という存在が、市民が参加するアーカイブづくりにとってますます重要になってくるのではないかと考えています。

 

◎トークイベントのお知らせ 記録集『はな子のいる風景』重版記念トーク:人と象を隔てるもの

「わすれン!」本の著者のお1人、佐藤知久さんと京都の恵文社にて対談します。

【日 時】4月30日(月・祝)14時〜15時30分 【参加費】1000円 【登壇者】松本篤・佐藤知久

*記録集『はな子のいる風景』については、松本によるエッセイ「イメージを(ひっ)くりかえす」をご覧ください。 

『はな子のいる風景 イメージを(ひっ)くりかえす』pp.1955.5.5-1956.4.30 (提供写真の撮影日が、本書のノンブル)