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孫が描いたシベリア抑留

作者: Chung Ji Hye | 2016年11月29日Posted in: フィールドレビュー

みなさま、こんにちは。特任研究員の丁智恵です。今回は、先日鑑賞したシベリア抑留に関するドキュメンタリー『祖父の日記帳と私のビデオノート』と『海へ 朴さんの手紙』(ともに久保田桂子監督)についてご紹介します。

シベリア抑留問題とは、日本の敗戦後、旧満州(中国東北部)、朝鮮半島、樺太、千島列島などにいた約60万人の関東軍の兵士や民間人らがソ連の捕虜となり、シベリアを中心とするソ連全域、モンゴルの強制収用所で強制労働に従事させられた出来事です。抑留期間は最長11年に及び、森林の伐採や開墾、土木建築、鉄道建設、採炭・採鉱など、様々な労働に従事させられました。極寒の中での重労働、少ない食料による飢えと栄養失調により、抑留された人々の一割に当たるおよそ6万人が亡くなったそうです。また、日本軍の中には当時植民地下にあった朝鮮半島や台湾で召集された青年も数多く存在し、シベリアに抑留された人々もいました。

戦後70年以上経った現在に、孫の立場からこの問題を描いたのが今回のドキュメンタリーです。『祖父の日記帳と私のビデオノート』は、百姓だった祖父が戦時中に中国やシベリアにいたことを時折話す姿を記録しており、畑を耕す静かな時間の中に、ときおり戦線における生々しい証言が登場します。長野県の美しい自然の中で農作業を営む祖父の姿と、戦争の痛々しい加害の記憶のギャップに戸惑いながらも、その美しい映像の中に見る者はどんどん惹きつけられていきます。

また、『海へ 朴さんの手紙』は、シベリア抑留を経験した韓国人元日本兵の朴さんが昔の戦友・山根さんへ宛てて書いた手紙を中心に物語は展開していきます。朴さんは、1924年北朝鮮生まれ。44年に日本軍に入隊し、部隊の同年兵の山根氏とは配属先の色丹島で出会い、終戦後ソ連軍によって送られたシベリアの収容所で生き別れとなるまで3年間をともに過ごしました。彼は、49年に北朝鮮へ帰りましたが、翌年勃発した朝鮮戦争で再び軍隊に入隊し、その後捕虜となり巨済島の収容所に入れられました。戦争と冷戦対立、南北分断に翻弄された一人の男性の人生が、こちらも孫の世代の視点から描かれていました。

戦後70年余り経った現在において、戦争の記憶を語れる人々は数少なくなってきています。この作品は、10年以上も前から久保田監督が日本や韓国で撮影した映像を用いていますが、この二つの作品に登場した戦争の生き証人の二人は残念ながら近年亡くなってしまい、最後に残された大変貴重な証言の記録であるとも言えます。学校の教科書や記念館などとは異なる、孫の視点から描いた戦争。会場には、戦争という重い話題をテーマにした作品であるにもかかわらず、若者、女性の姿が多くみられ、彼女の視点や感受性に共感する声も聞くことができました。

なおこの2つの作品は、現在横浜シネマリンで上映中(12月16日まで)であり、今後、各地で劇場公開されるとのことです。ご関心を持たれた方は、是非とも劇場まで足をお運び下さい。

記憶の中のシベリアー祖父の想い出、ソウルからの手紙ーホームページ http://siberia-memory.net/index.html