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アマチュアとしての「漫画を描く大衆」

作者: Suzuki Maki | 2014年7月08日Posted in: フィールドレビュー

今回のフィールドレビューは、博士課程の鈴木麻記が担当させていただきます。いきなりですが、「漫画を描きたい」と思ったことはありませんか?

そう言っておきながら、私はありませんが...(笑)小さいころから、なぜか絵というものに苦手意識があり、描けるという自信が持てなかったのです。

一方、日本には、「漫画を読む」だけではなく、「漫画を描く」人も非常に多く存在します。「漫画を描く」行為が、いわゆる「プロ漫画家」ではない人々にまで、広がっているのです。こうしたことは、「コミックマーケット」などに代表される同人誌即売会の発展や、「pixiv」というイラスト投稿を行うソーシャル・ネットワーキング・サービスの広がりなどからも見て取れます。「漫画を描く」という行為に対する、こうした心理的・物理的な敷居の低さは、日本のマンガ文化の特徴の一つだと指摘されています。 

それでは、この「漫画を描く」という行為の起源はいつごろにあったのでしょうか?「漫画を読む」だけのファンが、あるとき「漫画を描きたい」と思ったとして、その状態から何もなしでは描けませんよね。

そのときに彼らの導きの糸となるだろうと考えられるのが、「漫画の描き方」本です。ここでの「漫画の描き方」本とは、漫画の技法を記した書籍のことで、古くは1910年代から発行されています。後の漫画家に多くの影響を与えたものとしては、1965年に刊行された石森章太郎の『マンガ家入門』(秋田書店)などを挙げることができます。

この「漫画の描き方」本は、1920年代以降、集合的に刊行されていくという傾向が見られます。具体的には、以下のようなものが挙げられるでしょう。

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■田中一二, 1920, 『漫画の描き方』中央出版社(左)
■岡本一平, 1928,『新漫画の描き方』中央美術社(右)

こうした書籍が、群として集合的かつ継続的に成立していく背景には、「漫画を描きたい」と考える人々がいました。

「コマ絵」や「ポンチ」などという形式で、新聞雑誌に「絵」を投稿する文化が、明治末期から既に存在していたことは、近年の研究で明らかになっています。五十殿利治(2008)は、明治末以降、特に日露戦争後以降の、コマ絵などの投書行動に見られる「アマチュア」の出現と台頭を、「美術の大衆化」という現象と関連させながら論じています。明治末に「美術」の制度化が達成されていく一方で、絵葉書の広範な流行に見られるように、印刷技術により絵画が身近なものとなっていったのです。

「美術の大衆化」という現象において、「アマチュア」は、その受け皿としてばかりではなく、担い手としても存在していました。ペンや絵筆が身近な表現手段となり、「見る」だけではなく「描く」意欲をもった人々が、日露戦争以降、集合的に登場してくるのです。

吉見俊哉(2012)は、蓄音機や電話、ラジオなどの音響メディアによって「声の文化」がいかに編成されてきたかという問題を追及するなかで、「アマチュア」としてのアマチュア無線家・初期の電話ネットワークを運営した女性交換手に注目しています。ここで吉見は「アマチュア」を、「送り手と受け手の中間に位置する、諸々の声の文化の中間的な媒介者」(吉見 2012: 38)と位置づけ、受動的に文化を消費するだけではなく、受け手であると同時に送り手でもある存在として、「アマチュア」を問題化する意義を示しています。 

さてそれでは、「アマチュア」としての「漫画を描く大衆」をいかにとらえるべきでしょうか。この問題を考えるにあたって、現在2つの課題があると私は考えています。

第一に、「漫画」を投稿するという習慣はいつ、どこで、いかにして登場するのかということです。五十殿(2008)は、コマ絵投書は、大正期以降、表現の回路としての手段を失い、コマ絵は絵画へと変換されてしまったことを明らかにしています。このように、「中心」的な表現としての絵画に、その場を奪われてしまった、コマ絵や漫画などの「周縁」の表現が、いつごろからどのような回路で、その場を与えられるようになるのかについては、詳細な検討が必要でしょう。

第二は、漫画投書の投書者共同体のあり方についてで、これは1930年代に形成されていったのだろうと思われますが、その詳細な内実に関しては、明らかになっていない部分が多く残っています。

「アマチュア」としての「漫画を描く大衆」をとらえることで、近代日本において視覚文化がいかに編成されたのか、そのなかで「漫画」はいかなる位置を占めていたのかという、より大きな問題に接続していくことが可能となるだろうと考えています。こうした問題を考えることは、冒頭で示したような、現代の日本のマンガ文化の特徴を考えるための手掛かりにもなっていくのではないでしょうか。

<引用文献>
五十殿利治, 2008, 『観衆の成立――美術展・美術雑誌・美術史』東京大学出版会
吉見俊哉, 2012, 『「声」の資本主義――電話・ラジオ・蓄音機の社会史』河出書房新社