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はじめての国際学会に行ってきました

作者: Watanabe Chihiro | 2018年2月05日Posted in: フィールドレビュー

みなさん、こんにちは、修士課程の渡辺です。今回は先日、僕が初めて国際学会に出席してきたときのことをお話ししようと思います。

初めての国際学会、と書きましたが、実はそもそも学会に参加するのも初めてだった僕にとって、論文の投稿から発表、質疑応答まですべてを国際言語である英語で行わなければばらない国際学会は、まさに未知の世界でした。そして何より、非常に困ったことには、僕は文字通りひとことも英語が話せなかいのです......(もちろん、HelloとかMy name is......くらいは言えます。悪しからず)。英語も学会発表も、全てがはじめての院生が国際学会に出席するとどんなことが起こるのか、余すところなくお伝えしようと思います。

まず、今回僕が参加した学会は Beyond Hate and Fear: How Do Asia and Europe Deal with Hate Speech? と題された、ヘイトスピーチに関連した様々な国の研究者が集まるワークショップで、初回ということもありジャンルもフィールドも多種多様なテーマの発表が行われました。イスラムフォビアや法学的な議論など、日頃あまり接することのない発表は僕にとって、それだけで大きな刺激となったように思います。

では、なぜそんな場所へ大胆にも参加しようと思ったのか。きっかけは学際情報学府で受けていた授業で、ある先生が「ヘイト本を研究しているのなら、こんな学会を運営している学生がいるよ」と事務局の人を紹介してくれたことでした。正直なところ、はじめはその人にメールを一通送るだけで2時間くらいかかり「これでひと仕事終えたな......」などとひと息つく有様だったのですが、返信が存外、温かく希望に満ちた内容だったこともあり、ついつい「応募して不採用になるのもよい経験だ」などと無謀な挑戦をしてしまったのです......。

まさかの採用通知が届いた日から、苦難の日々が始まりました。今から想像するだに恐ろしいのですが、当時の僕は学会発表を、ただ当日のこのこと出かけていって話せばよいくらいに考えていました。事前に論文を提出しなければならないこと、当日は決められた質疑応答があること、など頭の片隅を過ぎりもしなかったのです。何より自分は、まだまだリサーチクエッションも定まりきらない、(しかも英語の話せない)修士課程の学生。発表出来ることは決まったものの「何を」「どうやって」話せるのかも検討がつかず途方に暮れました。

図書館に籠ってひたすら中島みゆきを聴き続け、心を奮い立たせたり、国際学会での発表を肴に友人と盃を酌み交わし、心を奮い立たせたり......。人間とは愚かなもので(自分だけかもしれませんが)、目の前の課題が大きければ大きいほど、実際に課題に取り組むのを後回しにし、メンタルの向上に心血を注ぐものです。そんなこんなで、どうにか重い腰を上げたときには、すでに当日まで残すところひと月余りとなっていました......。

いつまで経っても学会の話が始まらなくては「タイトルに偽りあり」になってしまうので、ここからは簡潔に記します。結局、その日から当日までは1割の根性と1割の厚顔無恥、そして残りの8割は人の優しさで乗り切ることになりました。すなわち、大晦日や正月もテレビを観ない(丹羽研究室らしからぬ振舞いですが)根性、めちゃくちゃな英語でもとりあえず提出する勇気、そして発表の準備をサポートしてくれる仲間の温かさです。こうして何重もの修正とチェックを経たスライドと発表原稿(原稿にはスライドのボタンを押す箇所や間違えやすい単語のアクセントまでメモしてありました。終了後、僕のメモを見た友人が爆笑していました)を手に単身、学会が行われる立命館大学に僕は乗り込んだのです......。

会場に着いてまず感じたのは2点。会場が予想以上に広いこと。そして当たり前ですが、その中に英語が話せない人は僕を除いて一人もいないことです。それはすなわち、ランチだろうがディナーだろうが、休憩中の歓談まですべて英語で行われることを意味します。何かを話しかけられるたび I'm not good at speaking English. と答え、困った表情を浮かべるのが関の山。ここではじめて「質疑応答など出来るわけがない」と気づきました。

......捨てる神あれば拾う神あり。僕の前にたまたま座っていた参加者はオランダの大学を卒業して英語にまったく不自由しない、日本の研究者。しかも、とても優しい。願ってもない幸運に恵まれたのです。

彼の助けを最大限借りつつ、まずは目を皿のようにして自分の発表を担当するディスカッサントを会場の中から探し出しました。

「発表の内容を事前に伝えるので、何とか質問の概要を事前に教えてもらえませんか......?」

「いいよ、発表は明日の朝イチだろ? 今晩中にメールしてあげるから準備しな」

自分の発表の準備もあるだろうに、深夜、ディスカッサントの彼からはとても温かい、応援の言葉に満ちたメールが届きました(全文を公開したいくらいです)。そうして得た質問への答えを僕は慌てて(日本語で)準備し翌早朝、昨日出会った「拾う神」に助けてもらって何とか英語の回答を作成することができたのです......。

そうして迎えた本番は、あっという間に過ぎました。身振り手振りや視線の方向などは残念ながらまったく意識できず、ただただ準備した原稿を読み上げるばかりでしたが、大きな失敗もなく、終了後には何人かの方から声をかけて貰うという嬉しいオマケもついてきました(但し、何と声をかけられているのかはさっぱり分かりませんでしたが)。どうしても準備のしようがないので最も怯えていたフロアからの質問(「拾う神」の彼が「いざとなったら僕が、フロアから答えを囁きます!」と言ってくれましたが)は結局時間切れで実施されず、満ち足りた気持ちでその日の夜に飲んだビールの美味しかったこと......。危うく新幹線の終電に乗り遅れかかりました。

はじめての国際学会を経て、学んだことは2点。発表をすると自分の問題関心がグッとクリアになるということ、そして、研究は周りの人たちに支えられてはじめて出来るのだ、ということです。もちろん、こんなにおんぶに抱っこで研究発表をできる機会は、もう二度とないでしょう。けれども、たとえ研究生活がどんなに孤独なときも、周りには自分のことを温かく支えてくれる人たちがたくさんいるのだ。そんな風に思えたのが、今回の経験でした。前日の晩に自宅を開放してスピーチの練習を手伝ってくれた人、当日ずっと僕の通訳をしてくれた人......。そして何より、発表の準備を自分のことのように本気で手伝ってくれた丹羽研究室・国際研修員の中山裕貴さんに心からの感謝を伝えたいと思います。

感謝の気持ちは、学会の前日にひとりで立ち寄った京都の老舗居酒屋の写真で、代えさせて頂きます......。