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マーシャル・マクルーハンの道

作者: Watanabe Chihiro | 2017年7月11日Posted in: フィールドレビュー

マーシャル・マクルーハンの道。見つけたときに「これはフィールドレビューに使える!」と、恥ずかしながら思いました。

 「メディアはメッセージである」という言葉で知られるマクルーハン教授の名前を冠したこの道は、トロント大学構内を走っています。今は亡きマクルーハン教授がこの通りを目にしたら、そこにどんなメッセージを読み解くのか...。そんな想像力を掻き立てられます。

今回は、そんな「マーシャル・マクルーハンの道」を入り口に、マクルーハン教授のメディア論についてお話ししたいと思います......。すみません。そう言える自分には、いつかなりたいと思っているのですが、残念ながら皆さんの前でマクルーハン教授のメディア論を語れるほど研究者としては成熟していないのが、悲しき現状です。そこで今回は「マーシャル・マクルーハン」ではなく、「道」に注目してフィールドレビューを書いてみたいと思います。

シルクロード、アッピア街道、日光街道......。道は、その存在だけで我々の様々な想像力を刺激します。どこに繋がっているのか、誰が通るのか、幅広いのか、平坦なのか。そこには文字通り、様々なメッセージが込められているといっても過言ではないでしょう。

早速ですが、まずはこの道をご覧ください。

砂漠を通るこの道、一見すると何の変哲もないアスファルトの舗装路のように見えます。けれども実はこの道、アスファルトではなく塩で出来ているんです。ナミビアのスワコプムントという街の近くを走るこの道は海の近くを走っており、近くにはたくさんの塩田や製塩所があります。道は、その材質からして土地の気候や経済、文化を反映していることがあるのです。

次の道は、見るからにその機能を喪失しかかっているとも言えます。どこまでも果てることなく続いているように見える車の列......。間をすり抜けるバイクだけが先に進むことを許され、車にはまるで人が乗っていないかのようにさえ見えます。しかし勿論、すべての車に人が乗っています。そして肝心なのは、これが平日の光景だということです。タイ、バンコク。人々は通勤のために、車を使います。けれどもきっと、この道路事情では日本でのように、毎日決まった時間に出勤し、分刻みのスケジュールを組むことは難しいでしょう。

次は、とある住宅街を通る道で撮影した写真です。昨年の今頃はアメリカのみならず世界中が、この人の存在に注目していたのではないでしょうか。バーニー・サンダース。この写真はオレゴン州ポートランドで撮影したのですが、この町では彼以外の名前が書かれた看板をまったく見かけなかったのが印象的でした。アメリカという国で、そのロードサイドには同じような人が住み、通る人に向けて同じようなメッセージを発しているのかもしれません。

これは、長野県の諏訪というところで7年に一度行われる御柱祭という祭りの様子を遠くから撮影したものです。御柱祭では、柱を曳く隊列を中心にたくさんの人々が街道を練り歩いていきます。そこでは、道が祝祭の場と化すのです。御柱の通り道となる街道には、柱が曳かれていった跡が残っています。道には文字通り、祝祭のエネルギーが刻まれるのです。

ヨハネスブルグの黒人居住区、ソウェトという街の通りです。アパルトヘイト政権下の1976年、南アフリカで起きたソウェト蜂起の地として有名なこの街には、今も黒人だけが住んでいます。そんな街では、白人はもちろん、僕のようなアジア人も大変に目立ちます。たくさんの人が、何をするわけでもなく歩いているのは、仕事がないからです。

随分とりとめのない、「道」紹介になってしまったかもしれません。でも、ここで僕が言いたかったのは「道もまたメッセージである」ということ。「マーシャル・マクルーハンの道」を通じてそんなことを考えさせるのもまた、もしかするとマクルーハンの妙手なのかもしれませんね。

(今回のフィールドレビューは、修士課程の渡辺がお届けしました)