韓国の船舶事故報道

こんにちは。今回のフィールドレビューは研究生の陳京雅が担当させていただきます。皆さんご存知の通り、4月16日に韓国で大型客船(セウォル号)の沈没事故、若しくは「事件」が起きました。 事故が発生してから2週間ほど経った今、302人が死亡あるいは行方不明であり、事故の収拾が遅々としたことで政府と救助当局が多くの叱責を受けています。事故の原因から事故直後の対応と以降の救助作業、そしてそれをめぐる社会的反応まで、まるで韓国社会の様々な矛盾が爆発したかのような状態です。

社会的関心が非常に高い理由には、修学旅行に行く途中だった高校生たちが犠牲者の多数を占めることに加え、事故以来の全過程がリアルタイムで中継されるメディア環境であったことがあげられます。それゆえ、多層的なレベルで問題提起が行われる中、マスメディアの災害報道についても批判の声が高まっています。なので、今日はこの話題について少し話してみたいと思います。

今回大きな問題になったのは、マスコミが人々の不信をもたらしたことにあります。速報を争うあまり誤報が続出し、信頼度が落ちたのです。これは事故発生当日、「学生全員救助」という致命的な誤報で始まりました。三日後、捜索が事実上8時間以上中断となっていた時に「史上最大の救助作業」という報道が流され、現場の被害者家族たちが怒りをあらわにしました。速報で「多数の遺体が船室内に絡んでいるのを発見した」と発表が出て間もなく、まだ遺体が確認された事はないと取り消されることもありました。

このような状況は、政府や当局の発表を確認せずにそのまま報じたり、ゲートキーピング機能が作動しないことから発生しました。不確かな情報を十分に検証せずに流してしまい、誤報とその訂正が頻繁に繰り返されたのです。これは社会の混乱や絶望感をより煽る結果になりました。特に被害者家族とメディアの間ではあちこちで葛藤が発生し、主要放送局や新聞社の記者たちが取材現場から追い出されたこともありました。

その実、災難状況での被害者や被害者家族の現実認識がいつも正しい訳ではありません。マスメディアが可能な限り被害当事者に配慮した取材と報道を行うべきではありますが、彼らの心理に完全に同化するのは難しいし、そうするべきではないと思います。しかし今回は、特に事故初期の現場の状況と主要メディアの報道との乖離があまりにもひどく、それに当事者(生存者、死亡・行方不明者家族)に対する配慮の足りないインタビュー等が重なって、当事者だけでなく、見ている一般市民にもメディアに対する不信感と不満が募ったのです。

もちろん、記者たちがすべて間違った記事を書いたり、放送したりしていたわけではありません。記者一人一人が無能で悪質だとも思いません。事態が長期化する中、事故の原因とその背景にある構造的問題を明らかにする際に、マスメディアが寄与している部分も大きいです。それにもかかわらず、現代社会では一種のインフラと言っても過言ではないであろう「信頼できる情報の流通網」への基本的な信頼が崩れたというのが、今の事態をめぐる韓国メディアに対しての率直な気持ちです。

このようにマスコミへの全般的な不信が高まる中でも、注目を集めているニュース番組があります。それはJTBCという放送局(地上波ではなく総合編成チャンネル)のメインニュースである『ニュース9』です。この番組は、イメージとしても実際の機能としても、アンカー兼報道部長をつとめる孫石熙(ソン・ソクフィ)氏に頼る部分が大きいです。

<JTBCニュース9放送画面 ©JTBC>

 『ニュース9』は、まず孫石熙アンカーの「報道態度」で信頼を得ました。事故当日JTBCの無理な生存者取材に対して、その日のニュースオープニングで正式に謝罪したり、行方不明の学生の親とリアルタイムでインタビューをする途中、衝撃的な速報が入ってくると、字幕の発表を先送りにするなど、このような行動が、配慮のある態度、心を込めた態度として語らるようになりました。さらに25日から29日まで5日間はアンカーが事故現場に直接行って、現地でのニュース進行を行いました。ずっと同じ服を着て、テーブルなど置かないまま立ってニュースを進行する彼の姿は、多くの注目を集めました。また、25日にオバマ米国大統領が訪韓した時も、それに関するニュースはほとんど取り上げず、セウォル号事故に集中し続けました。これはこの日、地上波放送局のメインニュースが朴槿恵(パク・クンヘ)大統領とオバマ大統領の会談をトップニュースとして扱ったのと対照的な構成でした。

それに加えて、『ニュース9』は事故の背景と初期救助作業の不振に関する綿密な分析と執念深い検証、「ファクト」探しのイメージを得るのに成功しました。例えば27日には、死亡した学生の携帯電話から出た沈没前の船内映像とお父さんのインタビューを長く公開して、関係当局の発表よりずっと前から船に異変があったのではないかという疑惑を提起しました。続いて28日と29日には、救助に参加した民間潜水士にインタビューし、救助を担当する企業と海洋警察との間に何らかの繋がりがあったために、初期救命作業に問題が起きたのではないかという主張をしました。このように、『ニュース9』はある種の筋書きをあぶりだすことにより、人びとの関心を集めることに成功します。

今まで『ニュース9』が問題提起や分析してきたことがどこまで有効なのかを確実に知るには、もっと時間がかかるはずです。しかし、とりあえず具体的な態度で信頼を得て、ファクトをもとに自らが重要だと判断した内容に集中させ、議論の場を作り出した、ということは言えると思います。これを一つの事例として見ると、メディアの災害報道が如何なるべきか、何が求められているのかということについて、ヒントを得られるのではないでしょうか。

マスメディア側が取る態度の重要性と共に私が深く感じたのは、メディアリテラシーの重要性です。情報発信元であり伝播経路になったメディア環境を通して、事実と虚偽は紛れて広がります。そして、多くの「事実」の中でも何が「真実」のコアを構成するのか、意見がまちまちであります。特に今回のように事件自体の不確実性がとても高く、マスメディアも個々人も程度の差はあるものの情緒的関与が深い状況では、メディアの読み方の問題がさらに大きくなると思います。事故直後、船の中にいる人の生存について色んな噂が出て当事者たちに二次的被害を被らせたこともあった一方、噂を検証する過程で適切な疑惑が提起され、事故の背景に関して新しい事実が明らかになることもありました。積極的なクロスチェックと論理的思考が必要になってくるのでしょう。

そして、これにはどのようなメディアにアクセスするのか/できるのかということも重要な要素となります。放送ニュース、新聞や雑誌、ネットニュース、ポッドキャスト、SNS、外信などで何を取るのか、それによって一人一人に形成されているメディア環境は大変異なるのです。接する、または接することができるメディアで情報の量、種類、質も変わります。身近な例を挙げると、いま韓国にいる私の家族のなかでも、セウォル号の沈没とそれに関して出てきた様々な問題について軽い言い争いが何回もあったようです。もともとの価値観の差もありますが、家族構成員各自が接するメディアの種類や範囲が異なることが大きく作用したといえます。

まとまりのつかない話を長々としてしまったのですが、韓国現地の外部に住んでいる私にさえ、セウォル号事故が及ぼした影響は大きいです。マスメディアの報道倫理やメディアリテラシーの問題は私の研究と直接的に関係はありませんが、この事態に関する韓国メディアの動向については今後とも注目していきたいと思います。

<『悲しみ』版画 2014.04 出典: http://t.co/GTHMc5IODv ©LEE YunYop (yunyop.com)>