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中国における日本アニメ〜6:00PM-6:30PM〜

作者: Wang Le | 2013年7月26日Posted in: フィールドレビュー

2013年度夏学期最終回のフィールドレビューは修士1年の王楽が担当いたします。今回のフィールドレビューでは、1981年から2006年に中国に輸入され、中国全土でテレビ放送された日本アニメをめぐる事情についてすこしお話ししたいと思います。

改革開放政策実施から3年経った1981年に、モノクロの『鉄腕アトム』(1963、フジテレビ)が初めての海外アニメとして中国に輸入されました。輸入というより、むしろ無料寄与されたと言えます。当時のカシオ計算機株式会社が『鉄腕アトム』を中国中央テレビ(CCTV)に無料寄与しました。ただ一つの付属条件は、カシオ電子腕時計のCMをアニメ付きの形式でテレビで一緒に放送するということです。『鉄腕アトム』の中国進出は中国テレビ空間における日本アニメの繁栄の濫觴だと見なされています。

『鉄腕アトム』の放送とともに、数多くの日本アニメが中国のテレビに殺到してきました。1986年、『花の子ルンルン』(1979、テレビ朝日)の放送をきっかけに、中央テレビの海外アニメ放送の独占が解かれ、長期間にわたって各地方のテレビ局に再放送されていたため、あの時代に再放送回数が一番多かったアニメだと呼ばれているほど中国で非常に人気でした。『花の子ルンルン』の放送から日本アニメの流行に乗って各テレビ局で海外アニメを主題とする番組が現れてきました。

先頭に立った中央テレビの海外アニメを紹介する中国初の番組の登場とともに、各地方のテレビが午後6時から6時30分までの時間帯を日本アニメの放送専用としていきました。日本アニメが中国の「6:00pm-6:30pm」の時間帯を占拠するこの状態は、2006年9月1日まで存続していました。その後は中国国家広播電視出版総局の指示に従わなければならなかったたために、ついに中国のテレビにおける海外アニメ放送の歴史が終焉を迎えました。

1980年代生まれの中国人であるとしたら、きっとテレビで放送された日本アニメを見た体験が、自分の子供時代の記憶と絡み合いながら想起されるに違いないと思います。例えば、私は最近秋葉原で小学生時代に大好きだった『ヤダモン』(1992、NHK)のDVDを見つけました。

『ヤダモン』は当時の中国の各地方テレビに同時に放送されたため(放送回数は異なる)、毎日6:00pm-6:30pmの時間帯でこのチャンネルを見ながら、次回の内容を早めに知りたいので我慢できずに他のチャンネルに回してしまうことが多々ありました。この気が短い鑑賞癖のせいで、いつも内容には不明な点がたくさんありました。そのため、翌日には学校で同級生を捕まえて前日の『ヤダモン』の内容を話し合うのが、毎日の習慣になりました。暇な時でも授業中でも少年先鋒隊隊歌の練習中でも、『ヤダモン』の話をしていたように思います。

この「ヤダモンマニア」の小学校時代についてDVDを見ながら振り返ると、なぜ海外アニメにそんなに夢中になっていたのか、なぜ異なる文化背景の作品にも惹きつけられたのかという疑問が頭に浮かびますが、その理由は、作品の脚本、製図、編集などの素晴らしさのほか、人間の人間らしい純粋な感情が含まれていたからだと思います。

『ヤダモン』はわがままで、自己中心的で、魔女になれないのに魔女を自負しているトラブルメーカーなヤダモンの成長記です。無邪気と善良さだけでは地球を救えないこと、自分を愛してくれる人々のために責任を負いながらどんなに辛くても最後までやり抜くべきだということ、他人に愛されてばかりいるのが当たり前ではないこと、たとえ他人を愛することが傷をもたらすとしても強く愛するべきだということなど、改めて観るといろいろと新しい感想が湧き出てきました。

小学生だった私の「善vs悪」「家族/友達vs敵人」などといった簡単な二項対立の認識から、上記のような複雑な感想に変化したことは、私自身の成長の証だと思います。このような人間らしい感情によって作品の国籍、イデオロギー、時代などが乗り越えられ、アニメは世界中に広がるのです。1992年の日本の小学生であれ1998年の中国の小学生であれ、『ヤダモン』を見ていた世代は、ヤダモンと一緒に楽しくなったり、悲しくなったりして、子供時代の記憶を共有しながら成長してきたのです。

昔はテレビアニメ、今は何が日本と中国をつないでいるのでしょうか。より多くの映像が、日本海の橋となっているのでしょう。