6月
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続「今日は、何の日?」

作者: Riku Lu Yijie | 2012年6月04日Posted in: フィールドレビュー

はじめまして、今回のフィールドレビューは研究生のリクが担当させていただきます。前回の木谷さんの記事「今日は、何の日?ー集合的記憶とメディア」を拝見し、このタイトルはまさに私の今の思いにぴったりだと感じました。なぜかというと、2012年6月4日も特別な日であり、記憶とメディアの問題に関わっているからです。

2012年6月4日は、天安門事件の23周年の記念日です。

そもそも、メディアは人々の想起のきっかけとなり得るものだと思いますが、この事件に関する公開された記録が全く見られない中国メディアは、恐らく自身に不利益な歴史を抹殺しようとしている政党のツールとなってしまっているのではないでしょうか。

中国メディアの全体的な現状を把握する自信はないですが、私自身の「天安門事件」に関する情報獲得過程の経験によって、中国メディアの一つの現状を考えてみたいと思います。

大学に行く前に、「天安門事件」に関する言説やビデオなどの記録は一切接触したことはなく(というか、普通にアクセスできないものですから)、たまに昔の世代の人たちから聞いても、はっきり言う人も少なかったので、一体どういうことが起きたのかは全くわからなかったです。

大学に入ると、相対的に自由と学術の雰囲気におかれ、偶然この事件に関するドキュメンタリーを入手しました。真実と歴史を尊重する学者たちの授業や講座を通じて、一層深い理解が少し得られたと思います。

今後、インターネットの発展に伴い、ブログやマイクロブログなどの新しいメディア形式が広く使われ、「個人媒体」時代に入ろうとしてる中国では、情報の配布と獲得は相当便利かつ迅速になり、真実を隠すことはだんだん難しくなると思います。

一方で、89年以降の世代、つまりこの事件に対する個人記憶(体験)がない世代では、知らない人は未だに多数だと思います。

また、インターネット時代において、the Great Wall (twitter/facebookなどのウェブを遮るfire wallの名前)、サーチエンジンの「敏感詞」設定(政治的に敏感な文字を探すと、何も出てこないこと)によって、たとえば今日みたいな記念日、中国で一番広く使われているマイクロブログでも記念に関する内容(一本の蝋燭としても)は一切発表できません。

今日本でメディア学を勉強している私にとって、専門知識に触れることが多くなればなるほど、これは中国メディアの「敗北」だと感じます。現実を変えるのはなかなか難しいことだと思いますが、いくら小さくても、自分の力で貢献したいと思います。

最後に、この場を借りて、23年前の事件の中の犠牲者に対して深く哀悼の意を表させていただきます。